小説「楫取素彦物語」第80回 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

小説「楫取素彦物語」第80回

そんなある日幻馬から手紙が届いた。

「出獄は慶賀の至りです。松陰殿の導きではないかと受け止めております。高杉の快挙には、こちらの異人も注目いたております。ついては貴殿と会って、天下の情勢につき話したいと思っています

 とあった。伊之助は、松陰が、幻馬を評して、何でも承知している謎の人物と言ったことを思い出していた。

 五月になって伊之助は藩主に呼ばれた。

「近く、その方、宰府に行くことになろう、正式に藩命があろうが、その折は三条卿に余の書を伝えて欲しい。長州の長い尊王の歴史を生かす上で、五卿との関係は極めて重要と心得よ」

「はい、伊之助、一度は捨てた命、身命を賭して御奉公いたす決意でございます」

「くれぐれも用心せよ。表向きは恭順に徹せねばならぬでな」

 五月、内使として宰府に赴く密使を受ける。五月十四日、塩間鉄造と変名して宰府に入った。

 その夜、意外な訪問者があった。宿の主に案内されて足音を忍ばせるようにして現れた女は、何とあの御高祖頭巾ではないか。

「お久し振りでございます。このあたり、幕府の密偵がうようよです。ご用心なされませ」

「それにしてもどうしてここが」

、幻馬様の力とお受け取りくださりませ」

 女は美しい顔を伏せて静かに笑った。伊之助は女の目配りを見て、この女、くの一かと、ふと思った。

「幻馬様がここ宰府におり、あなた様に是非お会いいたしたいと申しております。」

「先日、その旨の手紙をいただき、私もお会いしたいと思っておった」

事は急ぐとあって、翌日の夜、伊之助は女に案内されて幻馬に会った。

「わしが松陰殿に初めて会ったのは嘉永三年のことであった。鋼鉄の異国船の来航が近いことを話した時の驚いた顔が目に浮かぶ。次に松陰殿に会ったのは嘉永六年であった。ロシアの軍艦がプチャーチンに率いられて長崎に現れたことを知らせたら、松陰殿は急いでんで来た。しかし、ときわずかに遅くプチャーチンが去った後であった」

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。