小説「楫取素彦物語」第79回 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

小説「楫取素彦物語」第79回

 驚く公卿を前に晋作は言い放った。

「ただいまより、長州男児の腕前、お目にかけ申す」

 華々しい決意の表明だった。十六日、払暁、晋作に率いられた八十人の一隊は馬関新地の役所を襲い内戦が勃発した。騎兵隊なども加わり、晋作の軍は勝利した。ここに正義派政権が確立し、伊之助等は直ちに獄を出された。慶応元年二月十五日のことであった。

 寿は夫の顔を見て肩を震わせて泣いた。

「あなた、お帰りなさいませ」

「苦労をかけた。これからだぞという松陰殿の声が聞こえるよう

 伊之助の声も弾んでいた。地獄のからの生還であった。

「お寿、拾ったこの命、藩のため、新しい世をつくるために捧げるつもりだ。力を貸してくれ。私の中に松陰殿が乗り移って突き動かしているように感じられるのだ」

「あなた、そうなさいませ。私の中にも兄が入って、そのように命じておるように思えます」

 伊之助と寿、天国の松陰、三者を結ぶ絆は動乱の激浪の中で不思議な高まりを見せていくのだった。

 長州は正義派が政権を握り、武備恭順を進めた。表向きはひたすら恭順だが秘かに武備に力を入れるのだ。伊之助が前年長崎で異人から買い入れた新式銃は相当な数にのぼっていた。

これを使う時は近い

伊之助は確信した。

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。