小説「楫取素彦物語」第44回 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

小説「楫取素彦物語」第44回

学問の意義も突き詰めていくと同じところに行く。松陰殿の獄中教室のことを聞いてそう思いました。学問の役割は、つまるところ、生きる力を養うことです。これは時代が変わっても変わらない。戦乱の時代、人間が生きるか死ぬかで必死だった時代に宗教の真価が問われた。今、改めてその大変化の時代を迎えた。そして、宗教と共に学問の在り方が問われていることだと思います」

、お寿は熱心な信者だからな、あれを支える背骨となってる。母の影響だ。私の心の奥にもはいってる。私はお寿たちと違って学問の道に入ったから、心の表面は学問で埋まってるが、その下には多分に共通なものが根を張っていて、自分では気付かぬながら影響を受けているに違いない。伊之助殿とまた一つ縁の糸がつながったと考えると感慨深い

 やがて松陰が獄から出る時が来た。

 松下村塾

 安政三年、松陰は野山獄から出された。杉の実家に帰り、幽室蟄居となる。出獄後奇妙な人物が密かに松陰を訪ねた。真宗の僧月性である。激しい倒幕論者で、野山獄にいた時松陰はこの僧から手紙をもらったことがあった。

 怪僧ともいうべき風貌の男は先ず言った。

「長い間御苦労でしたな。獄というものは今の世で別天地ではないか。刺客に襲われないし書が読める、激しい世の波の外にあってじっくり思いを巡らすことが出来る。松陰殿はいかに過ごしたか、そして何を得たかお聞かせ願いたいものです」

「いかにも、あなたの言う通り牢内は別世界で同囚の人たちとの生活はまたとない勉強になりました」

「あなたの下獄の原因は黒船。幕府の弱腰がはっきりしました。もはや幕府を倒すより他はあるまい。黒船に乗り込んだあなたの勇気には敬服する。その体験によって、あなたが倒幕論になったと僧は期待したのだが」

「返書に述べた通り、私は公武合体論です。鋼鉄の軍艦に触れて外国の力に肝を潰しました。そして改めて思ったことは、今、国内が分して争ったなら敵の思う壺。天朝を上に載きその下で幕府が諸藩と力を合わせることが最良の策と思います」

「いや、今回の事件で、幕府の無能、無策は余りにはっきりした。これが前例となって次々に他の国にも膝を屈することになろう。その先に待つのは、外国の属国になった哀れな日本の姿ではないか。あなたは指をくわえてそれを待つというのか」

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。