随筆「甦る楫取素彦」第194回
◇救世軍運動
救世軍運動は、ウィリアム・ブース夫妻によりロンドンの貧民窟を中心にして始まったキリスト教伝道会の活動である。ブースは、個人の魂の救済によって世界を救おうという悲願で軍隊の組織にならった救世軍を組織し自ら大将となった。
日本には明治28年(1895)にライト大佐等が上陸し、東京の日本側を代表する人は山室軍平であった。山室はプラート大佐と共に明治33年(1900年)モルフィを訪ね、「自由廃業」の方法につき詳しく教えを請うた。そして、廃娼後の娼妓の更生のために婦人ホームをつくることを約している。
個人の魂を救うことを目的とする救世軍が早くも廃娼運動に取り組んだことは注目すべきことである。娼妓営業は人間を駄目にする行為だった。つまり、それは魂の破壊であった。この点の認識が日本人に薄かったのは国が認め長く続いたということで国民の目が鈍っていたからだ。公に認められた醜業によって国民の道徳感・倫理感は麻痺していた。その点、キリスト教徒や外国人は新鮮な人権感覚をもっていた。救世軍は、積年の腐敗の上に妖しく咲き誇る遊廓に旗を立て太鼓をたたいて進撃を開始し女郎に読ませる文を配った。
当の救世軍の人々にすれば信念と使命感に基づく行動であったが、街の人々には突如異次元から現れた珍妙な光景に見えた。
※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。
5月6日からは「小説 楫取素彦」を新連載します。