人生意気に感ず「県政塾と富士見の講演。伝次平と東大駒場」 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

人生意気に感ず「県政塾と富士見の講演。伝次平と東大駒場」

◇10日は県政塾で11日は富士見町公民館でと講演が続いた。政治を志す若者に対し、政治家に必要なものは第一に歴史的教養だという視点で奴隷船マリア・ルーズ号事件と太政官布告の波紋のおよぶところに群馬の廃娼運動があり、そこに、楫取素彦や湯浅治郎の活躍する姿があったことなどを話した。

◇富士見町は2月16日の予定であったが歴史的大雪で延期になっていた。全戸に案内が回ったため盛況であった。題は「楫取素彦と吉田松陰」であったが、楫取県令と富士見の歴史に関する問題として「中学ストライキ」と「船津伝次平」にも及んだ。

 前中(現前高)の前身である群馬県中学の創生期に生徒たちは教則の改正を求めストライキを起こし県令に面会を求めた。楫取は怒って学校を廃止にしてしまった。再建された中学は富士見の小暮村にあった。楫取の激しい一面が窺える出来事であった。

◇船津伝次平の業績についてはいろいろ語られているが、駒場農学校の教師就職につき楫取が伝次平を大久保利通に推薦したこと及び駒場農学校と伝次平の関わりなどを私の駒場生活と結びつけて話した。

 駒場農場は渋谷駅から2つ目の駒場東大前駅の近くにあった。私は2年間駒場で過ごしたので駒場の町は非常に懐かしいところである。大学の構内に、今は壊されてしまったが大きな寮があり、私はその住人であった。夜にはよく飯を食べに町に出たが、商店からは学生のコンパの声がにぎやかに流れていた。

 この一角にあった水田は伝次平が自らももひき姿で開発したと言われ、現在も筑波大付属中・高の生徒が守っている。「伝次平の遺品」「近代日本農業の原点」と評価は高い。伝次平は、当時、農業が全て欧化していくことを憂え、日本の伝統農業との調和を目指した。その説くところには今日でも耳を傾けるべき点が多い。時、あたかも日本農業はTPPに揺れて危機にある。日本農業の意義は規模を大きくして競争力を強めるだけではない、社会の基盤である農村を守る点にある。伝次平は規模拡大の欧米の農業に反対であった。

 上毛カルタは「老農船津伝次平」だが、富士見カルタでは「明治の老農船津翁」である。明治という時代背景が重要なのだから富士見カルタがよい。又このカルタには「小暮中学しのぶ石垣」がある。ストライキがしのばれる。(読者に感謝)


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