『炎の山河』第五章 地獄の満州 第56回 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

『炎の山河』第五章 地獄の満州 第56回



 松井かずは、朝日に照らされる町並を見た。太陽の下で、日本で初めて見る光景であった。松井かずは、中国にあって、いつも、頭の中のカンバスに古里のまちを描いていた。一軒一軒の家、小川の流れ、流れに沿ってたつ柿の木や杉の木、町の間をぬう何本かの道、そして、辻の地蔵。今、朝日に照らされて、前の前に広がる景色は、彼女が何度となく頭に描いた光景とは違っていた。彼女がいつも描いていたワラ屋根は一軒もなく、土の道は舗装され、小川の流れもコンクリートの中に埋め込まれていた。ああ、この町もすっかり変わった。彼女は、昔の景色を求めて辺りを見回した。30年の歳月は、この山奥の町まで変えていたのだった。

朝の8時、松井かずを歓迎するため、町の人たちが大勢集まっていた。同級生も集まっていた。

「かずちゃん」

同級生の片山ちょうが声をかけた。

「私のこと、分かる。」

顔は忘れていない。昔懐かしい同級生だということはよく分かるのだが、片山ちょうという名が思い出せないのだ。松井かずがきょとんとしていると、片山ちょうは面白そうに笑って言った。


☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。