上州の山河と共に 第104回 政治家への道
元東大総長・林健太郎先生に決まる
何回目かの会議が開かれた。クーラーのない事務所では、二台の扇風機が鈍い羽音をたてて回り、企画会議のメンバー達は、この日も、何か妙案はないかと額を集めていた。
そのとき、誰かが突然大きな声で言った。
「林健太郎さんがいるではないか」
室内にどよめきが起きた。
「元東大総長だ。こんな田舎に来てくれないだろう」
「いや、頼んでみるべきだ。中村さんの恩師で、パンフレットに写真を載せてくれたのだから、承知してくれるかもしれない」
事務所の中は、にわかに活気づいてきて、皆の視線は私に集まった。実は、この問題が論議されるようになった時から、私の頭の片隅に林健太郎先生のことが浮かんでいた。
しかし、現実のこととしてお願いするという意識には至っていなかった。それは、恩師とはいえ、高名な学者であり、東大総長までして、現在もいろいろ重要な公職についておられる先生が、生臭い選挙がらみの集会に来てくれる筈はない。また、そのようなことをお願いするのも失礼なことだ、という考えが意識の底にあったからである。
しかし、今、問題が行き詰った状態で、共に闘っている支援者の中から改めて言われてみると、私は、心に掛かっていたもやのようなものが、にわかに晴れてゆくように感じられたのであった。
「さっそく、林先生にお願いしてみます」
私は、立ち上がってきっぱりと言った。(読者に感謝)
☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。