第五章 地獄の満州 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

第五章 地獄の満州

自分の運命を左右する重大なことは、正常な状況の下で冷静に判断を下すべきだが、当時の松井かずにそれを期待するのは無理なことであった。

 このようにして、松井かずの新しい生活が始まった。男の一族は山東省の出身だった。山東省の人は気が短いと言われるが、彼女の夫張登光もその例外ではなかった。真面目でまっすぐな男であるが、彼女に手を上げることもあった。言葉がよく通じないこと、価値観など、夫婦の間には幾つもの障碍があったが、なかでも彼女を苦しめたのは、当時の中国の男尊女卑の因襲であったと思われる。

 終戦直後の満州では、混乱の中で、無数のいわゆる残留婦人が生まれた。松井かずもその一人であった。彼女たちが中国人の妻となるきっかけや理由は様々であったが、その背景には、当時の中国の特別な事情があった。

 当時の中国では、嫁をもらう場合には、対価として財貨を提供するという因襲があって、財産のない者は妻を持つことができなかった。だから満州には、貧しくて、一生妻を持てない男が多数存在したのである。彼らが、生死の境をさまよいながら非難してゆく日本の若い女を求めるのは、自然のことであったろう。

 日本人の中には、このような状況を利用して、非難途中の哀れな女を勝手に中国人に売り渡す者も少なくなかったという。自分の知らないうちに、見知らぬ中国人の男に売られていて、無理矢理連れて行かれる女があちらこちらにもいた。撫順炭坑の寮で、松井かずの周辺から消えた女たちも、そのようにして売られていったのかもしれない。

※土・日・祝日は中村著「炎の山河」を連載しています。