第五章 地獄の満州 | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

第五章 地獄の満州

③各地の惨状。-井戸は女の死体で埋まったー

ある日、逃避行を続けるこの人たちの所へも、ついに女を求めるソ連兵が現れたのだ。その端麗な容姿の故か、この娘は真っ先に目を付けられ、変装は見破られ、他の2、3の女と共に連れ去られ、二度と帰って来なかったという。

松井かずは、逃避行の中で子供を殺した人、あるいは、子供を放置した人のことをよく耳にした。こういう人たちは、飢えや病気に苦しみながら進む道すがら、仲間がばたばたと倒れて死んでゆく様や、行く先々で同じような避難民の死体が至る所に転がっているのを見て、自分もやがてはこうなるのだという思いが意識の底にあって、子供の首を絞める手にゴーサインを下すことができたのかもしれない。

特殊な極限状態に置かれて、正しい判断を下せなかった人も多かったであろう。子供を殺すことに比べたら、殺そうかどうしようかと迷いながらも、何とかその場を抜け出して中国人に子供を預けられた人などは、その親にとっても、子供にとっても、幸運というべきである。いろいろな偶然の重なりや運命のいたずらによって、多くの人生と死、幸と不幸が分けられた。

松井かずが聞いた話の中には、子供を殺さずに共に逃げて、中国人の妻となった人がいる。このような例は、当時、無数にあったのだ。

奥地から方正(ほっせい)県を目指して逃げる一団の中に、三人の幼い子供を抱えた女がいた。一人は背負い、二人は手を引いて、もう1ヶ月も歩き続けていた。この一行、途中で出会った一人の日本兵と共に行動していた。ある時、ソ連軍が迫ったとの情報と共に、戦車の音が聞こえた。

「子供が泣くと敵に知られる。それに足手まといだから殺せ」兵士は怒鳴った。

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