第五章 地獄の満州②ソ連の参戦。-野獣のソ連兵― | 中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba

第五章 地獄の満州②ソ連の参戦。-野獣のソ連兵―

女たちは、とっさに、かねて用意した所に身を隠した。女を求めるあちこちと捜し廻ったソ連兵は、やがて大きな腹を抱えた女に目をつけた。この人は、産み月が近く、夫も、このような女がソ連兵の目に止まるとは想像もしていなかったのである。恐ろしいことが始まった。ソ連兵は、そこらにいた2人の中国人に命令して、女を近くの草むらに運ばせた。避難所の人々はどうすることもできなかった。自分たちの仲間が、気持ちの悪い大蛇に呑まれようとしている。それなのに、石を投げることもできない。酔ったソ連兵は、やがて立ち上がり、ふらつく足で去って行った。草むらは、惨劇の場を包んで静かだった。しばらくして、身動きできぬ女を助け起こし、泣きながら避難所に運ぶ夫の姿が見られた。

 松井かずは、事態の容易ならざることを改めて知った。この逃避行には、飢えや中国人の襲撃よりもっともっと恐ろしい危険が立ちはだかっていることを、この時知ったのであった。

ソ連軍は、頻繁に現れるようになった。ある時、逃げ遅れた若い娘が犠牲になった。娘は、ジャガイモをゆでる調理場の隣りの部屋に連れ込まれた。ソ連兵は2人で、1人は機関銃を持って戸口に立っている。ギャーという悲鳴が聞こえた。その声は息を殺して床下に隠れている松井かずの所にも届いた。

時間がたって、松井かずたちが娘を連れに行って、慰めようとしていろいろ話しかけるが、娘は口を閉ざして答えようとしない。

「私は、もう、みなさんと違うから」

しばらくして娘はぽつんとこう言って、また、石のように口を閉ざした。

※土・日・祝日は中村著「炎の山河」を連載しています。