中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba
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死の川を越えて 第226回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「神の国とか神風というのも間違いですね」

「その通り。日本が神の国であれば、中国や朝鮮は何であるか。他国を見下すことになる。これは科学的ものの見方ではない。謙虚さに欠ける。昔、蒙古を破ったのも神風ではない。は、は、は。これ以上こういうことを大学で語ると、治安維持法です。特高の世話になる」

「何ですか先生。その治安維持法とか特高とは」

「おお、治安維持法は、政府に反対する危険思想の取り締まりが目的です。特高とは特別高等警察です。戦争に反対する思想、社会主義や労働運動などを容赦なく逮捕して牢屋にぶち込んでおる」

「ハンセンの患者を収容所に押し込めるのと似ていますね」

「その通り、戦争に一直線です。邪魔ものは排除せよというのが国の方針です。私はですな、世を捨てたつもりでここに入りましたが、この集落にいて、かえって世の中がよく見える、世界が分かるから不思議です」

「先生、今日のお酒は実においしいですね」

「うまい、実に。肴がいいのです。は、は、は」

「先生、大学でも先生と学生がこうして酒を飲んで話をすることがあるんですか」

「おお、よくあるのです。ゼミの生徒と飲みながら話します。楽しくて収穫がありました」

「俺、帝国大学の学生ですね」

「そうです。そうです。懐かしい限りです。さあ、ぐっとやりたまえ。こうして学生に注いで注がれたものです」

「では帝国大学の学生になったつもりで質問します。先ほどの本妙寺は俺たちの湯の川地区とどういう関係がありますか。そして、今後はどうなっていきますか。先生、教えて下さい。その前に、はい生徒から一杯」

「よし話そう。少し酔いが回ってきたぞ」

つづく

死の川を越えて 第225回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「は、は、そうですな。つい昔に戻ってしまって。愉快、愉快。ところで君は中国と朝鮮を見、シベリアへ行ったそうだ。貴重な経験ですよ。若者は天下国家を語らねばならん。井の中の蛙ではならん。天下国家を語るには、歴史を知らねばなりません。学ばねば貴重な経験も一片の思い出として忘却の彼方に消えるのみ。それを君に言いたい。今夜のゼミで良い収穫があることを祈る」

「先生は、満州国を話してくれました。満州進出はなぜ侵略ですか。満州は生命線とはどういうことですか」

「は、は。いよいよ大学の教室、ゼミになってきたぞ。実に愉快」

 水野はそう言って手にした杯を一気にのみ干した。

「明治の日本にとって、最大の脅威は北のロシアであった。ロシアは中国北辺を侵略し朝鮮半島をうかがった。日本は黒雲を賭ける覚悟でロシアと戦った。それが日露戦争であり日本海海戦だ。旅順は屍山血河大変だった。その結果ですが中国から見れば侵略です。日本は満足せず、満州全土を手に入れようとした。その手段が満州国でありました。大不況、そして国土の狭い日本、行き場のない失業者、だから満州は行き残るための生命線と考えたのも無理はない。しかし、勝手な理屈です。中国から見れば、中国の国土を日本は勝手に生命線とみて、侵略にかかったということです。中国が怒るのは当然でしょう。ここに根本がある。私は今、九州帝大にいれば学生にこのように説きます。今、私の大学に君がおる。十分です。久しぶりにすっきりしましたわい。肥後もっこすの鬱憤が晴れました。ああ、愉快。さあ一献」

「それでは水野先生、中国での戦いを正義とか聖戦とかいうのはおかしいのですね」

「その通りなのだ。正助君よ」

 法学士水野高明はドンと机をたたいた。

つづく

死の川を越えて 第224回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「実は、この中村実平さん、最近の世相を非常に心配しています。最近の手紙では、草津の療養所についても油断すると大変なことが起きると心配してくれています。また、本妙寺ではこれから先、何が起こるか分からないと大きな不安を訴えているのです」

「先生、今日は何か特別の用ですか」

「いや呼び立てて済みません。若い君と語り合いたくなったのです。何もないが一杯やりましょう。実はここに、熊本の地酒があります。昔は若者も哲也で天下国家を論じたものです」

 水野はそう言って、机の下から取り出した杯に酒を注いで勧めた。

「九州帝大の学生になった気分です」

「ありがとう。先ほど申した通り、大学はキャンパスと限りません。湯の川は素晴らしい生きた大学なのです。それが分かったことが世を捨てたつもりの私が得た最大の収穫です。さあ、一献。ぐっと」

「先生は、肥後もっこすとおっしゃいました」

「はは、つむじ曲がりの意地っ張りです。土佐はいごっそうです。上州は何ですか」

「特に思いつきません。歴史が貧しいということですか。俺たちは薄っぺらなのでしょうか」

「はは、ひがむな若者よ。適切な言葉がないだけです。この辺り、下には熱い溶岩があります。君らはそれに育てられた。浅間、白根、榛名、皆生きていますよ。君の心にも溶岩があるはずです。まあ、一献」

「はい、一献。今度は俺が注ぎます。ところで先生、天明の大噴火の時、上州は熊本藩に助けられたそうです。熊本は恩人です。先生は恩人の子孫です」

「は、は。よく言ってくれました。熊本も日の国です。お互い、火の国の縁。もっこすは、この火に鍛えられたもの。君ももっこすですよ。さあ一献」

「先生、待ってください。少し早すぎます」

つづく

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