死の川を越えて 第221回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
木檜泰山はじっと考えている様子である。
その時、高田区長が言った。
「予定地は大変広大なようです。開所式とは申せ、まだ何も決まっていません。国立療養所ですから全国から患者が集まるのでしょう。今のうちに、私どもがぜひ提案したことがあります。それは、この湯の川の人たちが自治会を作れる湯の川地区ともいうべき場所を確保することでございます」
これを聞いて万場老人は言った。
「それは素晴らしい提案です。ハンセンの光が発する地区ですな。湯の川地区、あるいは自由地区、じゃな。そこへわれわれの家を移築できればよいな。どうでしょうか。木檜先生」
「うーむ。皆さんの考えを先ほどから聞いていて、感心しました。実に適切な、そして切実な要求です。また、当然だと思う。地元の国会議員として、国にしっかりと伝えたいと思います。森山さんは知事に伝えてください。県からも国に働きかけてもらわねばなりません」
森山抱月は当然ですという表情で頷いた。
集まった一堂にほっとした安堵の空気が広がった。人々は知恵をしぼって嘆願書を作った。それは、湯の川地区にはハンセン病の人々が築いてきた代え難い歴史がある、ハンセン病の光とも言うべきものだから、それを自由地区としてぜひ存続させてほしいというものであった。
その後、木檜代議士の働きかけおよび、安達内務相の思い入れ等があって事態はひそかに動いた。広い国立収容所の一区画に「自由地区」を設ける方針であることが伝えられた。その場合、湯の川地区は解散するのか、それはいつで、どういう条件の下で行われるのか等、さまざまな課題は残ったが、それは時間をかけて住民の意見をよく聞いて行こうということでひとまず人々は安心することができた。
つづく
死の川を越えて 第220回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
「今日は、このことが決まったことで、良き作戦会議となった。次はこれを踏まえて、輪を広げた本格の会議じゃ。この湯の川の運命がかかっておる。水野先生、案内状を作ってくだされ。地元の木檜先生の都合を伺って、それに合わせるがよかろう」
「早速、取りかかりましょう。案内状は私が作るが、筆はこずえさんに頼みましょうかな。役割分担ですよ」
さすがは水野法学士。事務局長気取りで事をてきぱきと進めた。木檜代議士の日程に合わせた拡大作戦会議となり、人々は集まった。
万場老人が口を開いた。
「木檜先生にお尋ねします。中国の情勢はただならぬことじゃ。満州国建国は、中国との関係、アメリカとの関係を決定的に悪くすると存ずる。これと呼応するかのようにドイツではヒトラーのナチスが第一党になったと聞きます。日本が戦争に巻き込まれていく恐怖を感じます。こんな中で国立療養所の開所式が行われました。湯の川地区の理想は守ると言った国の約束は大丈夫なのであろうか」
万場老人の言葉を受け継ぐように水野高明が発言した。
「木檜先生、直接お会いするのは初めてと存じます。この集落の客で水野と申します。実は安田大臣と同郷でございます」
「ほほう。熊本ですか。実は私は、あなたの勇ましい姿を駅前の集会の折、拝見しております」
「ほほー。それはお恥ずかしい。恐縮です。さて、国の約束の件ですが、今万場先生の続きですが具体的な要求の形にして文書で国に提出する必要があると存じますが、いかがでございましょうか」
「その通りですな。私は、国会で湯の川の地に理想の療養村を作れと訴えた。あれから事態は大きく進展したが、状況は複雑で、重大な局面に来ている。この湯の川地区でなく、移転した所で理想の療養所を作る方向である。一歩譲っても、理想の里をつくることは何としても実現せねばならぬ。そのためにも、理想の里について具体的な要求を国に突きつけておく必要があるな」
つづく
「国家情報会議創設に思う。80年余を経て憲法を考える。憲法9条を改正すべきだ」
◇「国家情報会議」創設法案が衆院を通過した。市民への監視が強まる懸念がある。参院の存在意義が問われる事態である。参院は衆院の追随機関のように見られがちである。現在の時局のようにじわじわと国の方向が変化しつつあり、しかも緊迫感がもたれずに推移している時こそ参院の存在意義が試されるというべきである。高市首相は、スパイ防止法策定や対外情報庁創設なども目指している。どさくさに紛れて事態が進み、気がついたら取返しがつかない所に来ていた。こういう事は過去に何度となく繰り返されてきた。どさくさとは世界の対立と混乱が激化していることだ。大波の中で小さな波は軽視されがちである。しかし小さな波が重なって、継続することによって大きな力となっていく例は歴史が示すところである。高市総理の支持率が高いのも危険要素の一つと見るべきだ。現在の状況は付和雷同する群衆真理を動かすには絶好のチャンスともいえる。歴史は繰り返す。現在、奇妙な機械手段が異常に発達し考えることをしない大衆が洪水のように渦巻いている。「この道はいつか来た道」という歌の文句の怖さが肌で感じられる。こういう時こそ原点に立って足元を見つめるべきだ。足元とは歴史の大きな流れである。日本は広島・長崎を経験し新憲法を手に入れた。その惨劇もいつしか忘れようとしている。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」である。その新憲法は成立時、理想に過ぎ空文であるかのように低く見られたが、80年余が過ぎ、現在息を吹き返した感がある。現在核戦争の危機が近づいている。米中の対立は加速し、日本はその間に立たされ、最前線にある。そして北朝鮮、ロシア、中国などと堺を接し、外交を一歩誤れば滅亡を免れない危機にある。正に累卵の危うさにあるというべきだ。しかし累卵は鉄壁の砦に変化し得るのだ。それを可能にするのは国民の力であり、外交の力である。日本は民主主義の国であり、民主主義は空気のように実態がなく頼りないと批判される。しかし、民主主義は適切な力に支えられて威力を発揮する。今、日本の国運を左右するのは憲法9条である。憲法は最高法規であるべきなのに9条は空文に等しい。私は9条を改正し国民を守るにふさわしい力を与えるべきと考える。決して軍国主義に戻るのではない。広島・長崎を活かした適切な力は国民を守るために必要であるだけでなく、日本が混乱の海を乗り切るために不可欠な舵でもある。衆愚政治の海の中で、現在その舵が求められている。(読者に感謝)