中村紀雄オフィシャルブログ 「元 県会議員日記・人生フル回転」Powered by Ameba
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「酷寒の深夜に展開する物語は面白い。コンビニの存在は現代の奇跡か。衆院選の結果に未来がかかる」

◇2月3日、寒気の朝である。身を起こすと共に生活習慣を貫くことの大切さを感じる。深夜に水7杯を首根っこに打ち付ける。爽快感が全身に広がる。午前3時40分にスタートして工業団地内の決まったコースを走る。およそ2キロ余りであるが、工業団地には24時間活気が流れている。この2キロの道程には物語が息づいている。行く手の黒い闇がかすかに揺れて薄い影が近づいてくる。いつもの女性なのだ。「おはようございます」。まず女性の声である。「おはようございます。寒いですね」、私は応え、手を上げる。少し離れた所の駐車場から歩いて来る女性である。どんな家庭の人なのか、子どもの朝食を用意して出かけるに違いない。御主人はベッドの中か、それともシングルマザーなのか。私の想像力は弾む。この女性の職場はすかいらーくである。広いエリアに食品を提供しているという話だ。いろいろな人が生活をかけて働いているに違いない。この女性の後を追う影は外国人女性である。黙礼は交わすが会話はまだない。国際化の時代が進んでいるから、この職場に外国人が居るのは当然といえる。「どこの国の人だろう。アメリカか南米か」と私の想像は限りなく広がる。

 このコースの一角にコンビニがある。そこへ走り込むのも決まりの行動だ。コンビニはその名のとおり便利な存在である。。待っている愛犬サンタの土産のパンと新聞を買う。新聞は3紙を購読しているが、ここで他に目を通し必要なものを得るのだ。ついでに色々な週刊誌にも目を遣る。昔から新聞は社会の窓というが、コンビニこそ社会の窓と言うべきである。今や一大企業に登り詰めたコンビニに目を付けた人は慧眼の持ち主であった。日本最初のコンビニは1969年大阪に開店した「マミー豊中店」であると言われる。74年には東京の豊洲に「セブンイレブン」1号店がスタートした。今や日常生活全般にとって、なくてはならない社会的存在となっている。必要性こそ新しい物を生み出す母である。社会の隅々まで行きわたって発展し進化を続けるコンビニこそ現代の奇跡の社会現象と言っても過去ではない。

◇衆院選の投開票8日が刻々と近づく。新聞社の大規模な世論調査によれば自民党は単独で過半数を大きく上回る勢いで、日本維新の会とあわせた与党としての予想数は300議席を超え、中道はふるわず半減する可能性もあるとされる。中道の中にはパニックの現象すら起きている情況らしい。残る数日でこの流れが変化するか。日本の未来がかかっている。(読者に感謝)

「平塚らいてうの衝撃の言葉、元始女性は太陽だった。深海のレアアースに驚く。日本に眠る資源の凄さ」

◇楫取素彦没後、一世紀以上が経ち世の中は大きく変わった。楫取は道徳教育に力を入れたが、人の心が貧しくなったと言われる今日、楫取の存在感は増している。初代群馬県令ということもあり、群馬県の原点としての楫取素彦を再認識する意義は大きいと信じる。楫取素彦を考えるとき欠かせないのはその妻寿である。烈しい女性、烈婦と言われたが、その姿は兄吉田松陰と重なる。現在、女性の時代とされ女性の活躍が目立つが、女性はどうあるべきかという正しい女性像が求められていることも事実であり重要なのだ。

 そこで、平塚らいてうの言葉「元始、女性は太陽であった」をかみ締めたい。らいてうはこう嘆いた。「女性は太陽であった。真正の人であった。ところが今、女性は月である。他に寄って生き、他の光によって輝く病人のような蒼白い顔の月である」。市川房江は、平塚との初対面の印象を次にように書いている。「物静かな美人で、この人が新しい女なのかとびっくりした」と。身長は145センチだった。(当時女性の平均は147センチである)。

 女性を語るとき、これほど激しい表現はない。平塚らいてうのメッセージはその力強さに於いて群を抜いている。弱冠25歳の時の言葉である。

 親鸞の思想、「悪人正機」が甦る。「悪人」とは煩悩に悩む底辺の人のこと。究極の人間平等の思想である。この思想が現在の日本国憲法に登場したことに衝撃を覚える。広島、長崎を経験し、かつての軍国主義を否定して誕生した日本国憲法である。

 この憲法の核心は人間の尊重、人間の平等である。親鸞の思想の核心が時を超えて日本国憲法に登場したことは奇跡ともいえる。

 日本人の精神は淡泊で宗教に関しても関心が薄いと思われている。しかし、私は浄土真宗の寺で、熱心な信者の姿に接し、日本人の心にも真剣な宗教心が受け継がれていることを感じた。しかし、若い世代の情況をみると、このままでは宗教に関する熱が次第に薄れていくのではないかと懸念する。社会として積極的な行動を起こさねばならないと思うのだ。

◇深海のレアアース泥試掘成功を喜ぶ。南鳥島沖の深海で、埋蔵量は世界3位の1,600万トンというから驚きだ。日本は資源小国とされているが、今回は5,700mの深い海の資源である。成功は日本の高度な技術が可能にした。四方を海に囲まれた日本列島である。この列島は地震と火山というダイナミックな力が躍動する神秘な舞台である。未知の資源が多く眠っているに違いない。今回のレアアースを先頭にして、日本の技術力に導かれて次々に未知なる宝が登場することを期待する。日本は夢の国なのだ。(読者に感謝)

「浄土真宗の清光寺で楫取を話した。悪人こそ救われると説く衝撃の哲学。親鸞の説は日本国憲法に」

◇昨日は楫取素彦夫妻について話をした。楫取は群馬県の初代県令で優れた教育者であった。道徳教育にも力を入れた。ひ孫の小田村四郎が面白いことを語っている。「子どもの頃、わがままを言うと座敷の鴨井の上に掲げられた楫取の写真の下に連れていかれ、母から散々に説教された」というのである。現在、物質文明が異常に発達し、人間の心が非常に貧しくなったと言われている。今日、人間の究極の平等を説く浄土真宗の寺で楫取を話す機会を与えられたことには大切な意味があると考える。

 楫取素彦を話す時、その妻寿の存在は非常に重要である。寿は吉田松陰の妹として有名であるが、「妙好人」として精神的に楫取を支えた。妙好人とは真宗門待の中でも特に「篤信の人」を称える言葉である。上州人は荒く軽いと言われていた。国定忠治に代表されるような博徒が多かったのは、その現れといえた。楫取の妻寿は正しい宗教が育っていないことがその一因と考え、西本願寺に頼んで浄土真宗の拠点をこの前橋につくってもらった。それがこの清光寺の由来である。清光寺の境内には、開祖親鸞の像と共にそのことを語る案内板がある。

 浄土真宗の核心は、親鸞の言葉「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」に凝縮されている。自らの善行で救われようとする善人ですら往生できるのだから、煩悩具足の悪人はなおさら阿弥陀仏の救いの対象であるという意味である。悪人とは、煩悩にとらわれ自らの力ではどうにもならないと自覚した人のこと。つまり、どんなに努力しても煩悩を断ち切れない自分を知り、他力、つまり阿弥陀仏の力に頼るしかないと気付いた人こそが救われるべき「悪人」であり、その苦悩する姿こそが仏の呼びかけに応える「本物(正機)」なのだ。

 この悪人正機説は人間尊重の日本国憲法にしっかりと示されている。13条、14条がそれである。13条はすべて国民は個人として尊重されると定め、14条はすべて国民は平等であって差別されないと明記する。これは、浄土真宗が説く真理が普遍的であり、現代社会にも脈々と受け継がれていることを示すものに他ならない。私たちが煩悩を抱えた「悪人」であることを自覚することの重要性は、現代社会に於いて増々重要である。人間の心が止めどなく貧しくなっていくという危機感の中で先人が説いた「悪人正機」の重要性とその現代的意義を痛感する。(読者に感謝)

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