ジョナス・メカスと映画百年史 (1995)

 

(初出「AAC-Aichi Arts Center」11号、1995年1月、愛知芸術文化センター)

 

 

イギリスの映画雑誌サイト・アンド・サウンドは、1952年以来10年おきに世界の映画関係者を対象に映画史上の名作トップテン・アンケートを実施している。最新の1992年のトップ3は評論家選出が『市民ケーン』(オーソン・ウェルズ,41)『ゲームの規則』(ジャン・ルノワール,39)『東京物語』(小津安二郎,53)、監督選出では『市民ケーン』『レイジング・ブル』(マーティン・スコセッシ,80)『8½』(フェデリコ・フェリーニ,63)であった(*)

 

 その選考者の一人だった映像作家ジョナス・メカスは次の10本(順位なし)を選んだ。『リュミエール兄弟の映画』『ジョルジュ・メリエスの映画』『国民の創生』(デヴィッド・W・グリフィス,15)『ナヌーク』(ロバート・フラハティ,22)『戦艦ポチョムキン』(セルゲイ・エイゼンシュテイン,25)『カメラを持った男』(ジガ・ヴェルトフ,29)『詩人の血』(ジャン・コクトー,30)『花火』(ケネス・アンガー,47)『視覚の芸術 The Art of Vision』(スタン・ブラッケージ,65,270分)『我らのアフリカの旅 Unsere Afrika-reise』(ペーター・クーベルカ,66,13分)。リュミエールとメリエスは特定の一本ではなく作品群である。

 このリストはメカス流の映画百年史といえる。そして、メカス自身の日記映画——『リトアニアへの旅の追憶』(72)や『ウォルデン』(69)『ロスト・ロスト・ロスト』(75)など——もこうした映画史上の傑作に含まれるべき重要性、映画表現に一画期をなす重要性を持っていることは言うまでもない。

 1895年以来の映画百年の歴史は、単なる平坦なメディアの展開史だったのではなく、幾多の才能・独創的作家が、不断にそこに新たな次元を導入し続けてきた軌跡にほかならなかった。メリエスはトリックを、グリフィスは長編の物語性を、エイゼンシュテインはモンタージュを、ヒッチコックはサスペンスを、ゴダールは即興と偶然を、小津は日常を、それぞれ他の誰にもできない形で映画のリアリティに導入してきたのだった。

 こうした歴史の中で、リトアニアの農家に生まれ、ナチスの強制収容所(ユダヤ人ではなかったが)を経て戦後に難民としてアメリカに弟と移住した詩人ジョナス・メカスは、まさに20世紀の歴史の生き証人であると同時に、1960年代のニューヨークを発火点とした「アンダーグラウンド映画」の守護聖人と呼ばれるほど重要な芸術家でもあった。新聞コラムで作家や作品を擁護し、雑誌を出版し、上映スペースを作り、さらには検閲と戦って投獄され、と八面六臂の活躍で戦後アメリカの実験映画を興隆へと導いたのだ。

『リトアニアへの旅の追憶』1972

 

 そのアヴァンギャルド・ムーヴメントの中でもひときわ異色なのが、彼の「日記映画」だった。1949年にアメリカに到着してまもなく購入した16ミリ・カメラ「ボレックス」で、メカスはもう45年も自分の日常風景や友人を撮り続けている。そのおびただしいフィルムを後からまとめていくのが彼の「日記映画」である。

 それはホーム・ムーヴィーと似ているが、彼以前には誰もアートの表現形式としてそれを作品に取り入れはしなかった。メカスが初めて「日記映画」という形式を発明し、映画に「日記」という次元を導入したのだ。より正確に言えば、一個人の人生やリアリティを記録するためのメディアとして映画を使い、大規模・大予算の商業的な<大きな映画>に対して個人のための<小さな映画>の価値を提唱し実践したのである。

 今ではその影響は世界中に及ぶ。フランスのジョゼフ・モルデール、テオ・エルナンデス(ヘルナンデス)、ジェラール・クーラン、イタリアのトニーノ・デ・ベルナルディ、日本の鈴木志郎康、かわなかのぶひろ、大木裕之、フィリピンのキドラット・タヒミック、アメリカのアンドリュー・ノーレン、ハワード・グッテンプランら、日記的思考を映像創作のベースとする作家は枚挙にいとまがない。

 近年、メカスは8ミリビデオで作品を発表し、「私は非合理な自分の直観に従っている。映画が撮れなければビデオで撮る。自分の人生、自分の現実のヴィジョンを私は記録し続けねばならない。できるだけ使いやすいテクノロジーを利用するまでなのだ」と述べている。日本初公開となる彼のビデオ作品が今回見られるのはたいへん楽しみなことである。(愛知芸術文化センターでの「ジョナス・メカス〜魂がとらえる映像の詩〜」上映会[1995/2/15-26]において、8ミリビデオ作品は「ザ・テーブル」[91,30分]「セバスチャンの教育、あるいはエジプトへの回帰」[92,351分]の2作品が初上映された。)

 

(*)補注 それから30年後、2022年の同誌アンケートのトップ3は、評論家選出が『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(シャンタル・アケルマン,75)『めまい』(アルフレッド・ヒッチコック,58) 『市民ケーン』、監督選出は『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック,68) 『市民ケーン』『ゴッドファーザー』(フランシス・フォード・コッポラ,72)であった。

ちなみに『市民ケーン』は62,72,82,92,2002年の1位、2012年2位、22年3位だった。

 

ⓒ西嶋憲生

 

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