奪われた妻(50) | 夫の知らない妻

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官能小説「他人に抱かれる妻」別館です。

水平線、ついさっき顔を出した太陽が、ぐんぐんと高みを目指して昇っていく。

 

狭い砂浜には大群衆が控えていた。

 

それだけでない。

 

ひしめきあうように浜に乗り上げている数々の小舟。

 

そして、沖には巨大な帆船が何隻も静かにたたずんでいる。

 

「・・・・」

 

草むらの中、疾風はそんな風景を獣と化した鋭い視線で観察していた。

 

「隆景様がお着きじゃ」

 

「おう・・・・。これはまた豪勢な・・・・」

 

浜にいる群衆の中から、そんな言葉が口々に発せられる。

 

ギラギラと陽光が照りつける白い浜に控えている連中は、皆、島の人間たちだ。

 

この日、遂に島を離れるという隆景の一行を見送るため、彼らは未明からここで待機していた。

 

丘の向こうに、大行列の先頭が見えた。

 

槍を持った何十人もの武士が、周辺を警戒しながらゆっくりと歩いてくる。

 

その後方には、きらびやかに輝く荷物、台車、そして駕籠が数えきれないほど続いている。

 

何年か前、この島に彼らがやって来たときをはるかに凌駕する、豪華な行列であった。

 

「・・・・」

 

果たしてやつはどこにいるのか。

 

疾風はただそれだけを考え、地に伏せたまま、鋭い視線をはるか彼方の行列に注ぎ続けている。

 

ある駕籠の周囲に、派手な装いで肢体を包んだ何人もの女たちが一緒になって歩いている。

 

彼女たちの役割は、島の男たちにも容易に想像できた。

 

「あれは隆景様の妾たちじゃろうか」

 

「そうに違いない。どの女子も美しいわい」

 

だが、そこには隆景が最も寵愛する女はいない。

 

「・・・・」

 

傍に置いた鉄の長い筒を引き寄せ、疾風はなおも見つめ続けた。

 

やがて、一行が浜に到着した。

 

島の住民たちは、皆、浜にひれ伏し、頭をあげようとしない。

 

そのとき、ある駕籠の中から、よく通った男の声が響いた。

 

「皆のもの、楽にせい。長い間世話になったな」

 

眩しそうに手で日差しを遮りながら、隆景が駕籠の中からゆっくりと出て来た。

 

妾たちに代わり、何人もの屈強な武士たちが殿を囲み、威嚇するように辺りを睨みつける。

 

「桔梗、そなたも島の連中に何か言ってやれ。そうさな、別れの挨拶でも」

 

隆景の駕籠、そのすぐ後ろに続いていた紅色の駕籠の中から、一人の女が姿を現した。

 

「おお、これは・・・・」

 

頭をあげ、再び一行の様子を見つめていた群衆から、ため息混じりの感嘆の声が漏れた。

 

姫のような装いの着物をまとった島の女、選ばれた人妻が浜に静かに立った。

 

遠い昔、仲がよかった幼馴染の少年と、何度か遊びに来たことがある浜だ。

 

だが、そんな記憶を既に捨て去ってしまったかのように、女は低い声で皆に言葉をかけた。

 

「皆のもの、長い間世話になった。わらわは今日、島を発つ」

 

静寂が群衆を支配した。

 

何百人もいると思われる武士たちも、浜に立ったまま、中央にいる隆景、そして女を静かに見つめている。

 

「生涯を殿のおそばで過ごすことを幸せに思うぞ」

 

その声は、はるか遠くで身を伏せている夫にも届いた。

 

「さらばじゃ」

 

彼女の言葉に満足するように、隆景が高慢な笑みを浮かべた。

 

そして、武士団の頭だろうか、武具を体に着けた一人の武士が大声で叫んだ。

 

「出発じゃ! 皆のもの、急ぎ乗船するぞ!」

 

本土に舞い戻り、国を支配する兄に決戦を挑む。

 

そんな狂気に満ちた士気が、武士たちの面々にみなぎっている。

 

足早に小舟に乗り込んでいく一行。

 

隆景は桔梗の手を取り、浜の中央にある小舟にゆっくりと歩みを進めていく。

 

その周りには、依然として何人もの武士たちが取り囲むようにして歩いていた。

 

「・・・・」

 

空高く昇り続ける南国の太陽が、草むらに潜む男の肌を汗で濡らし、鼓動を一層高めていく。

 

もう時間がない。

 

早くするんだ・・・・、だが・・・・。

 

隆景は明らかに警戒していた。

 

その浜に、女の夫が襲撃に来ることを既に予想しているかのように。

 

「桔梗、こっちじゃ」

 

隆景の手が女の腰に伸び、歩みを早めるように強く引きつける。

 

だが、女はあくまでもゆっくりと歩いていく。

 

「急ぐのじゃ、桔梗」

 

「殿、この着物では早く歩けませぬゆえ」

 

二人の周囲にいる武士たちに、緊張を緩める気配はない。

 

丘の上、疾風は既に鉄の筒を抱え、その先端の狙いを定めようとしている。

 

だが、これでは周囲にいる武士の誰かを狙うだけだ・・・・。

 

小舟が近づき、隆景が桔梗の手をとった。

 

「さあ」

 

一か八か、撃つしかない・・・・。

 

疾風がそう考え、手元の縄に火をつけようとしたときだった。

 

「お待ちくだせえ!」

 

一人の老人が、群衆の中から突然姿を現し、ふらふらとした足取りで隆景に近づいた。

 

「じい・・・・」

 

隆景、そして桔梗を取り囲んでいた武士たちの輪が、わずかに解ける。

 

「しめた・・・・」

 

その瞬間、警護に就いていた一人の武士が刀を素早く抜き去り、接近する老人に向かって声をあげた。

 

「無礼者!」

 

上空からの日差しが、振り下ろされる刀を無惨に光らせた。