奪われた妻(43) | 夫の知らない妻

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官能小説「他人に抱かれる妻」別館です。

疾風の真剣な眼差しは、たとえ言葉が通じずとも、異国の男に確かに響いたようだった。

 

「これを、これを俺に譲って欲しいんだが」

 

周辺に散っていた男たちが、興味深そうな様子で再びこちらに近づいてくる。

 

吉蔵は気持ちよさそうな顔をしながら、相変わらず砂の上でぐったりとしていた。

 

「おまえ、これが欲しいか?」

 

突然、妙な発音だが、確かに意味がわかる言葉が疾風の耳に届いた。

 

「えっ」

 

種明かしをするように、大男たちの背後から、一人の小柄な老人が現れた。

 

白装束、長い髭、そして鋭い視線。

 

この男は明国の人間らしい。

 

異国との商いを通じて生き抜いてきた彼は、この国の言葉も話せるというのか。

 

「話せるんですか、あなたは」

 

疾風は自分よりも小さな男に、精一杯の敬意を示しながら質問を投げた。

 

「すこしだけだ」

 

言葉は優しげだが、その表情には決して隙を見せない、鋭い雰囲気が漂っている。

 

疾風は南蛮の男、そして明の商人を交互に見つめてもう一度懇願した。

 

「これを譲って欲しいんだ」

 

だが、明の男ははっきりと言った。

 

「だめだ」

 

「・・・」

 

「大切な武器。おまえにあげる、だめだ」

 

うなずきながら、男は南蛮人が手にしている鉄の筒を大切そうに撫でる。

 

「うーん・・・・」

 

疾風が言葉に詰まっていると、背後から突然声がした。

 

「それは鉄砲じゃ」

 

「えっ?」

 

いつの間にか目を覚ました吉蔵が、砂の上で起き上がっている。

 

「じい、今、何て言った?」

 

「鉄砲じゃよ。思い出した。その昔、蒙古の軍勢が攻めてきた時、そんなような爆発音がする武器を使ったと、じいから聞いたことがある」

 

「じいって・・・、じいのじいかい?』

 

「そうじゃ」

 

「じいにもじいがいたか・・・」

 

「当たり前じゃ」

 

「てっぽう・・・・、というのか」

 

「少し違うかもしれんが、同じようなものじゃろう」

 

すっかり覚醒した様子でその場に立ち上がった吉蔵を、周囲を取り囲む男たちが興味深そうに見つめる。

 

「疾風。ただ譲ってくれと言っても彼らが素直に応じるはずもないぞ」

 

「じゃあ、どうしろと」

 

「簡単じゃ。言ったじゃろう、この男たちが何を目的に大海原を渡ってはるか遠くの異国までやってきたのか」

 

「商い、か・・・・」

 

「そうじゃよ。商人には違う攻め方が必要じゃ」

 

そこまで言うと、吉蔵は杖を使って突然砂の上に字を書き始めた。

 

疾風が読めない漢字ばかり、老人はすらすらと砂に書いていく。

 

「じい、それは・・・・」

 

「まあ見ておくんじゃ。おそらくこれなら伝わると思うが」

 

南蛮の男たちはきょとんとした様子を浮かべているが、明の商人たちは少し驚いた様子で一斉に身を乗り出してきた。

 

「あなた、わかるのか」

 

そこから明の商人、そして吉蔵による砂の上での会話が始まった。

 

互いに何度も書き、消して、また書く。

 

最初は難しい表情を浮かべていた明の男たちが、次第に笑みを浮かべ始める。

 

「じい、いったい何を」

 

「焦るな、疾風」

 

なおしばらく続けた後、唐突に明の商人が言葉を発した。

 

「わかった。一緒に来る。船だ、船」

 

どうやら砂浜に乗り上げている船の中に来いと言っているらしい。

 

「疾風、行こう」

 

「行こうって・・・」

 

「商談じゃ。商談」

 

水を得た魚のように、吉蔵は足取り軽く、連中と一緒に船に向かって歩き始める。

 

「待ってよ、じい」

 

思いがけない吉蔵の才能に驚きながら、疾風もまた小走りに皆の後を追った。