3月17日(金)
5日目、最終日。朝は少し笑顔があった息子。
朝ご飯は好物のホットケーキ、しかし手にして数十秒…吐く![]()
抗ガン剤の投与が始まり、昼すぎに2回嘔吐。
吐き気どめの薬の相談をしたけれど、新しくできることはもうあまりなさそう。1日が長い。
そして、帯状疱疹(水疱瘡)の発生に伴い、病棟の閉鎖が決定
罹患歴のない人は入れないことに。
私は幸い母子手帳に記述が見つかり、OK。
祖父母はそれぞれ抗体検査を受けてもらうことになり、何だか大ごとに。
看護師さんに聞くと、病棟の閉鎖は年に数回はあるとのこと
たくさんの人が出入りする以上、感染のリスクは常につきまとう。
仕方のないこととはいえ、やるせない気持ちだった。
この日、嘔吐は結局3回だったけど、息子の様子がグンニャリを通り越して石像のようだったり、夕方からは脈拍が上がり過ぎてアラームが鳴ったり。
これまで、センサーが外れた以外で鳴ったことがなかったので、動揺した。
昨日の実母に続き、この日応援に来てくれた義母もまた、こっそり涙を拭っているのに気づく…。
デカドロンを前倒しで投与して、なんとか脈拍は落ち着いた。
抗ガン剤の副作用による苦痛を、実際どのくらい和らげることが可能で、そのリスクはどれくらいなのか、先手が打てるものなのか。
今回はよくわからないままに終わった。
息子の苦痛緩和ができたらと思うのは、もちろん息子のためなのだけど、今クールは面会に来た祖父母の動揺が伝わって来た。
それもまた、何とかならないかなと…確実に、祖父母のその夜の食卓は暗い![]()
第5クールはもう少し、諸々なんとかしたい。
K先生からは、明後日には大分良くなるでしょうとのこと。
3月18日(土)
朝、息子は動画を観て笑顔になれるくらいに回復、ホッ![]()
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いや~、お疲れ様でした
嵐は去った気がする
赴任先の夫からは動画のメッセージ。
頑張ったご褒美!と、ソニックのプラレール箱を見せられ、一気にテンションの上がる息子![]()

血球は下がり、化学療法の終わりから間をおかず、クリーンウォール開始。
とはいえ、昨日までに比べて驚異的な回復っぷり![]()
昼前、祖父母が持って来てくれたレーズンパンを見ると、ムックリ起き上がり…食べ始めた![]()
午後にはよろつきながらも、ピコ太郎をダンス
苦しかった今週を取り戻すかのように、動画を見て笑ったり。
結局、昼寝ナシで遊び続け、夕食の素麺を9割食べたので驚いた。
ちゃんとした食事をこれだけの量食べたのは、いつ以来だろう…
息子の口から「おいしい」と「たのしい」が聞けて、とても嬉しかった![]()
↑翌日、合流した夫から受け取ったソニック。大喜びでよく遊んでくれた。
第4クールのクリーンウォールは、月が変わり、外泊予定を1日延期した4/5当日までと、長期になった。
グランを投与し、輸血もして、血球の数値を上げてから外泊へ…というのが、以降は当たり前に。
化学療法も回数を重ね、骨髄が疲れてきたことを実感した。
息子の緩和ケア については、夫が合流したタイミングで主治医S先生に面談の時間を頂き、これまでの治療の振り返りと共に、第5クールに向けて対策をとって欲しいと要望を出した。
また、点滴だった水疱瘡対策の薬は、抗がん剤の投与を終えた翌週から、飲み薬に戻すことに。
ただ、薬を飲む回数は増やさず、これまでと同じ朝夕のタイミングに分けてもらい、ストレスの軽減をはかった。
とはいえ、息子はすっかり嫌気がさし、飲むのに2時間かかることもザラ![]()
先に控える移植(どうしても飲まなければならない薬がある)を思うと、気が重かった…![]()
4/5〜4/10を一時退院して自宅で過ごし、第5クールは4/11から開始された。
