神戸のご当地アイドルKOBErries♪が本日6月1日から、いままでの神戸ポップカルチャープロジェクトから離れ、東京の事務所のもとで活動するという新体制になりました。これが発表されたとき、かなり波紋が広がり、今までの様な神戸に腰を据えてのご当地アイドルとしての活動ができるのか?はたまた新事務所が実態のない幽霊会社なのではないのかなどという心配の声が飛び交った。

KOBErries♪誕生約2年、大阪拠点の地下アイドルはわんさかいるところ、神戸を拠点にしたアイドルはいなかったこと、ライブハウスではなく市民祭り的なイベント出演を中心に活動、CDショップでのイベントでCDやDVDを売る以外物販らしきものをほぼやらない、活動開始時からオリジナル曲が3曲あり、それしかやらない、カバー曲はやらない、関西では数少ない口パク、など他のアイドルとは一線を画した活動を行ってきた。
2年間の活動で、まあグループアイドルにありがちな数回のメンバーチェンジはあったが、オリジナル曲も順調に増え、「ポートタワー」「メリケンパーク」など神戸を歌詞に取り入れ、PVも神戸で撮影するなど、地下アイドルではなく地域活性化アイドルと名乗っているのにふさわしい活動をしてきた。
観客動員力もなかなかのもの。大阪拠点の地下アイドルとパイの奪い合いをすることなく、神戸を中心に、今までアイドルのライブに行くということをしていなかった層を取り込むのに成功したからといえるだろう。

一方、無銭イベントが多かったせいもあるかもしれないが、スタッフの口から今まで無報酬だったことが暴露されてしまった。まあ物販たくさんやってる地下アイドルでも金銭的に潤っているところがいくつあるのかというのはあるが、続けられなくなる原因の一つになっていることは確か。これを新体制では改善するというのだが。

さてさてそんなKOBErries♪が東京の事務所と契約した。これが神戸新聞でも記事になる。全国に神戸を発信していくというが、東京のライブハウスに出演したりするようになるのか?写真を売ってちょっと間しゃべるような物販をやるようになるのか?沸き厨接触厨が入ってこなかった今までの客層が変化することはあるのか?神戸ご当地アイドル、地域活性化アイドルというスタンスでの活動は続けられるのか?今は東京在住だが新長田で生まれ育った田中氏がどれだけやれるのか?東京の巨大組織に飲み込まれてしまうことになるのか。評価の高かった作家も変わることになるのだが、さて楽曲の方向性は?

本日の新体制での第一弾ライブは楽曲、衣装、ステージ構成何も変わったところなし、前日に1人脱退したことを除けば。しかしCDを1枚買うとメンバー誰か1人だけと握手できて写メが撮れるというのは、どっかのグループを真似してるようで、ちょっと嫌な予感がする。1年前は全員握手、全員のサインをCDジャケットにだったからね。

最後に、おれ口パクはいただけないのね。


実はこれ1年くらい前に、あるアイドルグループのある子が活動休止したときに思ったことなんやけど。
グループアイドルをやめちゃった子って、ちょっとペースを落としてのソロ活動なら続けられたんじゃないかなって思う子がけっこういるのね。

今アイドル界はメジャーも地下も多人数グループが主流、そして年間100本以上のライブ・イベントに出演して、そのための練習、これだけでもたいへんなこと、これに学校やアルバイトまであったり。するともうそれ以外のことは何もできない。勉強も、友達と遊ぶのも。でグループだとメンバー1人2人が休みでも穴が開いたステージになるし、練習に行けないと新曲のフォーメーションに入れないなんてことになる。そうなるとグループ内での居場所もなくなり、脱退に気持ちが傾く。(ここまで詳しくしゃべってくれる子はいないので、想像がはいってます)

もしソロで、たとえば週1回ペースでのライブ出演なら続けられるなんてのが許されるなら、続けることもできたんじゃないかってその子がやめたとき思ったのね。
あとソロとグループじゃステージの楽しみ方も全然違うのね。多人数グループはダンス・フォーメーションを見せて客席を沸かすという形式になりがち、楽曲もノリやすい沸きやすいものに。でも歌を味わうならソロのほうがいい。歌声や楽曲、歌詞、メロディを味わうならやっぱりソロでしょ。もちろんじっくり聴かせるグループや、沸くだけのソロもいるけど。

ただどっちにしても今アイドルを続けるのに必要とされるのは、物販客を集めるためのトーク力やルックスや愛嬌であることも否めないのね。
「従軍慰安婦」というものがあったのか無かったのかという問題がいつまでも平行線のままなのは、議論以前に「従軍慰安婦」という言葉の定義、言葉のイメージが定まってないことが大問題としてあり、「従軍慰安婦」という言葉が実態を現わしていないことがあるからだろう。
「従軍慰安婦」こう聞いただけでなんだかものすごくひどい目に無理やりあわされたような印象を受けてしまう。そしてすごく特別な存在であるかのように思われてしまう。言い方を変えよう。「戦地風俗嬢」これでどうだ。風俗嬢なら古今東西普遍的に存在していて、なんら特別なものではない。たまたま戦地にその需要があったからできただけ。
売春あるいは性的サービスに従事したというのが、すごく特別なことや犯罪みたいに思ってしまう人が世の中にはけっこういるが、全然そんなことはない、ごくありふれたものなんだから。
「私は従軍慰安婦にされたんです」「私は戦地風俗嬢をやってました」どうだ、全く印象がちがうだろう。暴走族→珍走団なみにいい言い換えやとおもうけどな。

「武力強制連行従軍慰安婦は無かった、あったのは戦地風俗嬢だ!」これでどうだ。

となぜかこんなことを通勤電車の中でふっと思いついてしまった。私はこの問題にそんなに深い知識をもっているわけではありません。ただいろんな資料に触れて、戦地で風俗嬢の様な事をしていた女性は実在したが、それは戦地に限らず古今東西いつでもどこでもあること、それより軍の力で特攻死した人のほうがよっぽどひどい目にあわさた思っています。