今月始まったドラマ「明日、ママがいない」が問題になっているようだ。児童養護施設の実態が誤解される、入所児童や家族が傷つく内容だなどと放送中止を求める声が上がっているらしい。

で今日やっとそのドラマを見た。いや、ひきこまれた。おもしろかった。芦田真愛演じる「ポスト」そして「鈍器」にも要注目だ。里親になろうとする人が変態ちっくに描かれているところなど、どう解釈してもフィクションだし、児童がバケツを持って立たされるところなどギャグだし、ほかにもむやみに大げさな表現が多いし、どう見ても事実に基づかない作り話であることは一般的な分別のある人ならわかると思う。ならばドラマとして問題はないはないはず。そして児童たちは明るく力強く描かれている。


じゃあなんで?刑事ドラマや学園ドラマを見て、本物もこんなんだと思うやつがいたら、それはただのばかで、問題があるのはそいつである。では児童養護施設は?おれも含め世の中の大多数の人は児童養護施設とは一生かかわることはない。実態もほとんど知らない。だから誤解される危険はある。それならやることは児童養護施設の実態を正しく世に伝えることであって、ドラマの中止を要求することではないのではないか?それが言論の自由表現の自由の正しいあり方ではないのか?


思い出した。かつて格闘ゲームでナコルルというアイヌ設定のキャラが、アイヌ人について誤解を招くという論説を新聞で読んで「あほか」と思ったことを。アイヌ人を正しく理解していない日本人は多いのだろう。兵庫県で生まれ育ってアイヌ人とまるでかかわったことのないおれもまるで理解していない。でもアイヌ人が理解されてない原因は?ゲームのせいやないやろ。学校でもろくに教えてないし、正しい知識を得る機会がないからやろ。


もうひとつ思い出した。「はいすくーる落書き」というDQN(当時こんな言葉はなかった)な工業高校を描いたドラマ「工業高校のイメージが悪化する」という抗議で、再放送が打ち切られたこと。これは別の方向でちがう。工業高校がDQNなイメージなのは実際に工業高校の生徒を見てのことで、悪いのはその生徒たち本人やがな。