みなさま、こんにちは。
京都、スピリチュアル・セラピスト、ミヤノリト∞です☆
567はもうすでに終息、もしくはただの風邪、もしくは初めから全くない・・・
(本当に証明する科学論文が存在しない。
もっとも、それを証明してしまたら、
人工的なものとわかってしまうから証明できないのかもしれない)
これを科学的に調べているものが表にないのですからなんとも言えないのですが、
唯一、科学的に調べておられると思われる情報があります。
昨年初めに、武漢でパンデミックが起こり、
そして、その後イタリアにてパンデミック、そして現在インドでパンデミックが起こっております。
それは、いずれも5のGさん(ファイブジー)の周波数によるものと考えられます。
それを567と偽って情報を流しております。
昨年、イタリアにて弁護士団がこのことを暴露しております。
そして、ロシアも亡くなった方の解剖をし、研究された結果、
原因はファイブジーであるという結果が出た。
という情報があります。
・・・ですので、現在は、567やこのファイブジーなどの「情報と科学技術」によって、
第二次世界大戦には見られない「武器」を使用して戦争状態に入っているようです。
また、先日のスエズ運河にて船が座礁した件もかなり重要でした。
あれはとんでもないものを止めた・・・、
と言ってもいいくらいのすごい作戦だったようです。
あの船には、囚われた子供たちの他、核、その他武力と思われるものを運んでおり、
その装置によって、虫を大量発生させる予定だったとか?
もしくは、核の脅威・・・。
彼らは、聖書に沿って行動しているので、
聖書に出てくる終末の様相を行おうとしております。
終末には、地球上では、疫病、地震、激変する自然、飢餓、大量発生するバッタ、
そして最後には隕石が衝突ということが書かれております。
彼らが、なぜ聖書の通りに行動するのかは私はわかりません。
そして、聖書はインチキ、書き換えられたもの・・・。
という情報もありますが、それは違います。
翻訳変換されているうちに誤訳となってしまった一部もありますが、
聖書の原本は、世界中にて何千部も存在するのです。
それも数千年前のもので、様々な地方から出てきており、
それらを照合すると、ほぼ100%内容が一致するのです!
なぜなら、昔は印刷機などなかったわけですから、
人の手で書き写す作業によって、聖書を広めるしかありません。
聖なるものですので、
聖書を書き写す場合は、まるで現在の般若心経を書写するような感じで、
沐浴し、心を清め、始めます。
(仏教のお作法などには、原始キリスト教(聖書を元にしたもの)と同じものが数々存在する)
さらに、途中で一字でも誤ってしまったら、はじめからやり直しなのです!
そのような厳粛なものであるので、
書き換えるなど不可であり、また、それを監視している方々も存在したでしょうし、
検査も何十にも渡って行われておりましたでしょう。
ですので、「書き換える」というようなことを、もししてしまったのなら、
悪魔に身を売ったということで、処刑となることでしょう・・・。
また、聖書の各章に存在する「預言者」。
彼らも、とても厳格な審査によって選ばれております。
なぜなら、一つでも預言が外れてしまったのなら処刑されます。
ですので、軽々しく「私は預言者だ!」などと名乗れないのです。
名乗るものは、神の思し召しによって、神のために命を捧げる覚悟をしたものだけです。
それほど、聖書は厳格なのです。
日本の「日月神示」など一つしかないのですから・・・。
こちらの方こそ、書き換えられても証拠を示すことができません。
また、日本書紀は、7度ほど書き換えられているという記録があります。
聖書を調べていくと、
日本の習慣、神道、仏教の中に「聖書が起源である」ということが見え隠れします。
ですので、聖書は逆に彼らからしたら、
「読んでほしくないもの」なのです。
彼らの計画がばれてしまいます。
ですから、「聖書は書き換えられて正しくない。インチキなもの」として情報を流せば、
操作された人々は読みたがらない。
ここでも、情報戦が行なわれているということです。
でも、聖書の中には、膨大な情報がありますし、
比喩などもありますし、一朝一夕では読み取ることができません。
物理学者、科学者、各方面の研究者の方が、聖書を読むと、
学術的に基づいたことが書かれている、
と感動されるようです。
その部分からも、聖書は本物と言えるようです。
偽物と流布するのは、「宗教によって自分たちの思惑を成就させたい方々」たちです。
聖書の一部しか読ませず、湾曲して伝える宗派が存在するということです。
聖書は、前後の文脈、他の章と総合して読まなければなりません。
聖書は、聖書内で解読するのです。
一部のみを取り出し、一部のみで示すことこそ、
人々を自分の思惑通りに誘導する手法です。
ニュースも同じような手法が使われていますね。
画像の一部だけを取り出し、印象操作をする。
一部のみの情報を人々が鵜呑みにしてしまい、信じる。
本当は、全体を観なければならない。
昨日も、裏と表、全体を観ることが大切とお伝えしました。
そのためには、情報を得たらすぐにふところに入れるのではなく、
「保留」にしておくことも必要ということです。