わたしは学部も大学院も教育系で、

臨床心理学をきちんと学べていない

という焦りや不安が強くありました。



どちらも同じ大学ですが、

臨床心理学にはむしろアンチの立場を

貫いている学部・大学院でした。



ここに進学した理由は

第一志望に受からなかった

だけのことなんですけども。



さて、スクールカウンセラーの1年目、
スーパーバイザーによる個別指導を
受けることになりました。


当時、心理職の訓練には
宮大工のような徒弟制が不可欠
というのがギョーカイの常識でした。
(今もそうかもしれません)


本職の宮大工についてはこちら。




いよいよ「その日」がやってきました。


スーパーバイザーの先生は、あの河合隼雄先生とも学びを共にされて来たという初老の男性臨床心理士でした。


わたしはこの日が初対面です。


午前中は草分け世代のご高説を拝聴。
(すいません。何も覚えていません)


午後はわたしが講師として登壇する
研修風景をご観覧いただきました。


わたしなりに一生懸命やりましたが
「技は盗め」「見て学べ」の時代です。


人前で話す度胸は
なんとかなりましたが
ご受講者様方のお役に立つ
研修の訓練など
受けたことすらありません。


無茶でした。


研修の後、スーパーバイザーが待つ
会議室に戻りましたが、開口一番、



「僕には君が
 針を振り回す一寸法師
 にしか見えない!」



と仰せになられたのでした。


 一寸法師…?






もう記憶もおぼろげなのですが、

目の前のスーパーバイザー氏は

「決まった…!」という表情を

されているようにも見えました。



いやいや、なになに?どういうこと?

誰か解説、いや通訳して欲しい。

何を意図しておっしゃったのか、

わたしにはさっぱりわかりませんでした。



とにかく長時間の拘束から、

一刻も早く解放されたくて、

わたしはさめざめと泣きました。



一寸法師メタファーの真意が

正直、今もわかりません。



どういう意図で言われたのか

親しい人達に尋ねてみましたが



「もっと肩の力を抜いて」とか



「無理しなくていいよ」とか

 そういう意味だったんじゃないの?



というご回答が返って来ましたが

うーん、どれもピンと来ません。



夏休み中、ひきこもって

人形の服を縫っていたわたしに

殺意を感じたのかもしれません。



確かにずっと針を握ってましたけども…



その話はこちら☟






この「一寸法師事件」から10年後、

講師として伝える技術を学ぶ機会に

わたしはようやくたどり着くのです。





ちゃんと技術を教えられる人になりたい
と思ったのは間違いなくこの時です。