この本は、今から20年前に母親が亡くなった時に買ったモノです。

 

 

母は末期の癌で、壮絶な闘病の末に亡くなりました。

 

末期と言っても、進行がゆっくりだったので

末期と診断されてから5年程 生きる事が出来ました。

 

ゆっくりと進行するが故に

この状態から解放された方がお互いに楽になるのではないか‥と思える程の

苦しい状態が長く続いていましたが

 

 

いざ母を亡くしてみると

「もっと生きていて欲しかった」という喪失感と

「もっと私に出来る事があったのではないか」という後悔の念が沸き上がり

心にぽっかりと穴が開いてしまったのです。

 

 

その当時は

心の穴はどうやったら満たされるのだろう。

私のこの苦しみが癒える時は来るのだろうかはてなマーク

という事ばかりを考える毎日を過ごしていました。

 

 

そして、亡くなった母に対して「何かしてあげられる事」を一生懸命探したのですが

それは多分、自分が満たされたいという気持ちでもあったのだと思います。

 

 

そして、お経をあげる事を思いつくのです。

 

お経は、信心深い母方の祖母の影響で、私にとっては慣れ親しんだ事で

私が母に出来る唯一の事かも知れないと思ったからです。

 

 

実家のお寺の宗派は「真言宗」なのでこの本を選んだのですが

その本の中に「般若心経」を見つけるのです。

 

あのメジャーな「お経」がこの本の中にある音譜

この「お経」で何故か救われる気がして嬉しい気持ちになった事を憶えています。ドキドキ

 

 

般若心経を読む宗派は、真言宗・天台宗・曹洞宗・浄土宗などがあるようですね。

 

 

 

当時は、お経をあげる事で気が紛れていた様な気がします。

 

"日にち薬"とはよく言ったもので

それ以降、私は次第に前向きになって行ったのでした。

 

 

当時、私にとっての「お経」は

ただ文字を読むという事だけにとらわれていた為に、有難みを感じる余裕はありませんでした。

 

特に「般若心経」は長いので、慣れるまでは途中で何度も引っ掛かりながら

読み終えたという感じでしたが、暗唱できるまでになりました。

 

しかしそれから数年が経つうちに、私の日常に「お経を読む」という事が消えて行ったのでした。

 

 

一時期「先祖供養」をしようと思い立ち、般若心経を読んでいた時期もありますが

根気の無い私の性格上、続けることは難しい事でした。あせる

 

「先祖供養」は、やり始めると「寝た子を起こす」事になるので、やり続けなければ

意味が無い事だと思っています。

 

私の場合、一度起こしてしまったので、ヤバイ状態になってる気がして滝汗

ずっと気になっていたのですが

先日、ある方とその事について話した事で、また始める決心がつきました。

 

 

今度こそビックリマークずっと続ける事を心に誓って「先祖供養」をまた再開したのです。

そう、「般若心経」を読み始めたのです。

 

 

 

最近、色々分かる様になって来た私です。

 

当時全く分からなかった事が分かる様になって来ています。

 

 

そして今は「般若心経」は万能だと感じている所です。

やっぱりすごいな~、エネルギーがあるな~という感じです。

 

 

「先祖供養」等にとらわれずとも、ただ唱えるだけでもOKだと思います。

 

 

波動が整う感じアップ

森林浴の様な効果がある気がします。

 

 

ご興味のある方、おすすめですよ。

 

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