『幸せになる』 ってどういう事なんだろうね

と最近考える機会がありました。

 

 

 

私達、子供の頃から「幸せの定義」みたいな事を刷り込まれて

生きて来ませんでしたか❓

 

 

良い学校に入って、良い所に就職して、高収入の人と結婚して、

マイホームを持って、裕福な暮らしを続けることが

「幸せ」なのだよ。という刷り込みが私にはありますが

どうでしょう。

 

そうなっているかどうかは、又 別問題ですがあせる

 

 

何かを目指す、という生き方。

何かを手に入れる事が「幸せ」という思い込み。

 

 

「幸せになるためのシュミレーション」は既に出来上がっているので

1つの事が叶うと、すぐ次の目標が見えて来るわけです。

はい次、はい次・・・

 

ベルトコンベアーに乗ってるように進んで行ったら

喜びに浸る間もなく次が待っています。

 

 

順調に進んでいるうちは安心だけど

 

1つつまずくと、脱落した感じになって

自分は幸せではないと感じてしまう。

 

 

何かを失う事が不幸であると思う生き方。

 

 

 

 

これらには全て、他人が関わっています。

 

・他人から良い評価を受けたい

・誰かに羨ましがられたい 

・あの人と競争して勝ち上がりたい

・失敗したら可哀そうだねと思われるのはみじめだ

等etc

 

 

自分の人生なのに

他人の評価で、幸 不幸が決まってしまう様な気がしませんか❓

 

これは、他人目線で生きているという事。

 

 

いつまでたっても「幸せ」を感じる事が出来ない人は

自分目線ではない、何かを得る事を

目標にしている人ではないのかな~と思います。

 

 

「幸せ」って、何かを得る事ではなく

自分の中の「充足感」を感じる事だと思うのです。

 

 

他人目線の外側の体裁ではなく

自分の中に湧き上がる気持ちや声に忠実である事が

大切なのではないかな?と思うのです。

 

 

 

例えば、無人島に自分一人で移住したとしますね。

 

幸せとは

その無人島で得る事が出来た「充足感」だと思うのです。

 

誰の評価も関係ない世界で感じる「満足感」。

自分の気持ちの奥底の喜び。

 

 

 

そうすると「不幸」という概念は無くなるんじゃないかな~

 

 

 

ただ、自分の中に目を向けて生きるだけで幸せになります。

 

幸せとは、お金持ちになる事でも、有名になる事でもなく

自分の気持ちを大切にする事です。

 

可能性や喜びは無限にありますもの、大丈夫。

 

何かを失っても不幸にはなりません。

 

あなたがそこに存在している限り、可能性は無限大ですよ。

 

 

他人と同じレールから、降りちゃおう音譜

 

もっと、楽に生きられるはずです。ドキドキ