■ COP10 『名古屋議定書』採択 利益の均衡配分を規定 (10/30)
 国連生物多様性条約第10回締約国会議(COP10=名古屋会議)は30日、生物の遺伝資源の利用と利益配分について定めた「名古屋議定書」を採択した。

 新議定書は、遺伝資源の利用には原産国の事前同意が必要とし、生じた利益は関係国間で衡平に配分すると規定、不正入手の監視を各国に義務づけた。

 薬草など先住民の伝統的知識から生まれた利益も配分対象とする一方、途上国が主張していた、議定書発効以前にさかのぼる適用は見送った。
 
                              ( 毎日新聞より )

 名古屋議定書では、植物や微生物といった遺伝資源の利用に伴う利益を、原産国にも公平に還元する仕組みを定める。

 利益配分の対象については、植物や微生物などをもとに企業が開発した「派生物」も含まれると、途上国の主張が取り入れられているが、個別の契約の中で実施するため先進国も受け入れやすい内容になっている。

 アフリカ諸国の主張に沿った、原産国がわからない遺伝資源から生じる利益を配分する新たなメカニズムを設立する案文が追加された一方で、途上国側が求めていた利益配分を過去にさかのぼる「遡及」は認めなかった。


 地球温暖化問題や生物多様性問題の解決は、確かに地球環境の保全という崇高な理念に基づいており、意義深いものである。
 この問題に誠実に取り組むことは、先進国としての責務である。

 ところが、この議論に関しては、「国益の衝突」も同時に起きていることを忘れてはならない。
 CO2削減の方向性はEUがルールを作って主導権を握った。
 しかし、米国は議会が承認しないことを理由に条約批准を拒否した。
 中国は批准以前に、数値目標の入った条約締結そのものを拒否している。

 米国や中国と対照的に、鳩山前首相が2009年9月の国連気候変動サミットで発表した「二酸化炭素25%削減」声明も、むなしく聞こえてしまう。
 この声明は、「実現不可能だろう」と思われて、欧米メディアではほとんど注目されなかった。
 もし、「主導権を握りたい」、「世界の尊敬を集めたい」ということが削減声明の目的であれば、現実にできることを宣言するべきだろう。


 以前、京都議定書で決まったルールは、日本にとって著しく不利なものであった。
 オイルショック以来、省エネ努力を続けてきたので、日本のエネルギー効率は欧米よりずっと高いのに、欧米と同水準のCO2削減義務を負わされたからである。

 実のところ、当時EUは「べルリンの壁崩壊」直後であり、前近代的な産業設備を抱えた東ヨーロッパ諸国を統合。
 さらに英国でも、古ぼけた火力発電所の設備更新が既にスケジュール化されていた。
 つまり、EUの方は、1990年比でのCO2の5%強削減が、容易なことが、分かっていたのである。

 なぜ日本は不利なルールを受け入れたかというと、議長国の面子を優先して、議定書締結を最優先したからだ、とさえ揶揄されている。

 今回のCOP10での採択を元に、日本は1620億円も資金を供給するが、EUは1億円程度だという。 
 どうも日本は、美しい理念を掲げたのはよいものの、自己満足に陥ってはいないだろうか。
 出来るだけ、『実現可能』な方針を掲げ、多くの国(とくにアメリカ・中国)の理解に基づいて、協調体制を作り上げていくことが望ましいはずだ。
 とはいっても、各国の利害が必ずしも一致しない中でも、採択が出来た事の意義は確かにある。
 この議定書の発効によって実際に人類が何を成すか、それが一番大事なこと。

 今後、人類が、多様な生物との共存を選ぶのか、それとも人類だけの身勝手な欲望のため、多くの生物を絶滅に追いやって行って良いのか・・・。
 そろそろ本腰を入れて考えなければならないのは確かだ。