タイトルを見て、すぐに判った人は凄い!(笑)

今年、50周年を迎えた【みんなのうた】。


『メトロポリタン美術館』に並ぶトラウマソングの代表格と言われている。


個人的には、この、まっくら森のうたの方がトラウマソングと感じてしまいます。今日はネットで聴けて、ちょっとトラウマになってしまいました(苦笑)


今の梅雨の時季、みんなのうたの中でも名曲として『雲が晴れたら』(彩恵津子さん)が挙げれると思います。


秋になれば、『小さな木の実』にも、ちょっと哀愁が漂います。


今の子どもたちは、あんまり、みんなのうたは聴かないのかな……

みんなのうたを聴かないで育った世代が、だんだん増えているのかも知れない。

でも、みんなのうたは50周年を迎え、これからも引き続き時代を形成して欲しいと思います。

みんなのうたを知ってる方、あなたの思い出の名曲、トラウマソングは何ですか?

ある外国人が仙台で被災したそうだ。

何しろ数年前に、インド洋の巨大津波も経験しながら、命が助かり、そして、仙台に於いても巨大津波から難を逃れたからであり、彼は『神の御加護で二度も助かった』と言う主旨の発言を報道(ネット)で見た。


もちろん、その外国人がどんな意見を持とうが自由だが、個人的には釈然としなかった。


先日、幼稚園児がスクールバス車内に逃げ、そこに巨大津波が襲いかかって、多数の園児が亡くなり、慰霊の式典を行った遺族のインタビューを聴いた。


母親の悲痛な話を聴いて、ならば、なぜ神はこの幼稚園児を見殺しにしたのだろうか?と思った。


巨大地震の数日後、ラジオから、某公共放送の東北のラジオアナウンサーがいきなり、『町や港で、善良に平穏に暮らしていた人たちが、なぜ、このような目に遭わなくてはならないのか?』と泣きながら話していた。ラジオを聴いている自分もつらかった。


神はここでも多くの人たちを見殺しにしたのだろうか?


私は、宗教は嫌いだし、神は存在しているとは考えてはいないから、神が見殺ししたとかしないとか、そもそも、そう言うことは無いだろうと思っている。


別に、ここで、神が存在しているか否か?主張や論争する気は全く無い。個人それぞれが自由な意見があってもいい。


ただ、個人的に許せない意見があって、『巨大地震、巨大津波、原発大事故は、神や天が与えた罰である』と言う意見である。


一部の宗教人間や、信者、各界の一部指導者が、このような意見を持っている事が、どうも個人的には釈然としない。


今回の災害や事故を、身を以て体験した被災者の中で、自らが、神や天からの罰だと自覚するのは自由だが、あの幼稚園児をはじめとする多くの犠牲者に向ける意見としては、もちろん科学的根拠に欠けている上に、人間として許される主張とも思えない。


それに、この災害や事故が、神罰だの天罰だとか主張している輩自身が、悪党でありながら平然と主張しているケースも見受けられる(あえて実名をあげるつもりは無いが)。

悪党が天罰や神罰を受けず、善良なる市民が、被災者や犠牲者になる事が真実ならば、もはや神だの天界は、何を以てして正義、正道を歩んでいるのか?宗教関係者に、問いただして行かなければならないと思ってしまう。

ある犠牲者の友人が『この世に神も仏も無いのでしょうか』と言われた時には、返す言葉も無かった。

日本社会の【あいまいさ】を利用して、ペテン師としての本性を発揮した首相。


このまま首相を辞めずに居直りをするつもりらしい。

前回のブログでは、無能なリーダーでも日本は大丈夫とか書いたが、無能なら仕方ないが、詐欺師、ペテン師が首相ではいけない。


このペテン師は、上手く鳩山を騙したと満面の笑みだったが、ペテン師としてはレベルが低く、かえって多くの有権者から反発を招き、このペテン師、政権延命が難しくなって来たのではないだろうか?


日本社会は、あいまいさが肩幅を利かす社会だ。阿吽の呼吸とか言ったり、以心伝心とか言う。

だから、ペテン師は、このあいまいさを利用して、醜い延命の野望を立てていたのだ。だが、日本社会もそんなに甘くは無い。

暗黙の了解事項を破って、居直りが通る訳ではない。

ところで、このブログを最初の方を読んだ人ならわかると思うが、【信用してください】とか【信じてください】とか言う人間ほど、信用ならないと書いたが、このペテン師も、鳩山に信じてくださいとか言っていたそうだ。一般人にとっても良い教訓となるだろう。

信用力ゼロの人間に限って、【信じてください】とか口に出してペテンを働くのだ。