毎年夏になると、ベランダの山椒の木に、蝶々がやって来る。

山椒の香りに引かれるのか、まわりの他の花や葉には目も

くれず、どこか良い場所を探しているかのように、山椒の葉の

周囲をゆっくりと飛び回っている。


夏が終わる頃、気が付くと山椒の葉には、1匹か2匹の青虫が

育っていて、毎日、せっせと山椒の葉を食べて行く。

そして、青虫が大きく育った頃、その成長を待っていたかのように、

小鳥が来て青虫を食べて行ってしまう。

我が家の山椒には、毎年、こうして青虫が育ち、鳥がそれを食べる

という小さな連環が繰りかえされて行く。

それは自然界にあって、どこでも行われるごく当たり前の営み

なのだろう。


昨年の夏の終わり、山椒の葉が少し色づき始めたある朝、

1匹の小さな青虫が山椒の葉の上にいた。

今年は蝶々は産卵しなかったのかと思っていた矢先のことだった。


青虫はひたすら葉を食べているのだが、季節はもう秋に向かって

いる。日に日に、葉は少しずつ枯れて落ちていき、青虫が成長し

さなぎになるまで、葉は残っているだろうか、そんな心配をしな

がら、毎朝、青虫の様子を伺っていた。


ある朝、山椒の木を見たら、ほとんど葉が無くなっていた。

前夜の強い風と雨で、どうやら葉がほとんど落ちてしまった

ようだった。

そして、青虫の姿も見えなかった。強い風で木から落ちたのでは

ないかと思い、周囲を探したが、見当たらなかった。

やはり今年も鳥に食べられてしまったのだろう。

まだ大きくなってはいなかったが、葉の無い木の上で、簡単に鳥に

見つかってしまったに違いない。

仕方がないことと思い、青虫のことは忘れることにした。


3日程経った少し肌寒い朝、木々に水をやろうとベランダに出て

みると、排水溝の近くに青虫がうずくまっていた。

やせ細ってはいるが、まだ生きていた。

慌てて、青虫を山椒の木に乗せた。

しかし、山椒の葉はほとんど残っていない。

何かの本で、青虫は香りの強い葉を好むと書いてあったのを

思い出して、市場に行って大葉を買ってきて、山椒の木に

くくりつけた。

しかし、青虫はその日も、翌日も、その次の日も、木にしがみついた

まま大葉を食べようとはしなかった。


青虫はさなぎになって、ひと冬を越えられるほど葉を食べていないし、

体力を持ってはいない。このままでは餓死するかと思われた。


ある朝、青虫の様子を見ると、口から少し糸を出して、木に

かけているようだった。しかし、体力があまり残っていないせい

だろうか、糸の量は少なく、強い風が吹くと、切れて飛ばされて

しまいそうな心細さだった。

青虫は、なんとかさなぎになって、翌年の春を目指そうとしている

ように見えた。


秋風が少し強くなった頃、青虫は濃い緑色から茶色になっていき

それからしばらくすると、やせ細ってミイラのようになった。


青虫はさなぎになることはなく、口からわずかな糸を出し、枝に

しがみついたまま息絶えていた。


私は、青虫を山椒の木の根元の土に埋めようとした。青虫を枝から

取り外そうとすると、糸は意外な強さがあって、簡単には引き離れ

なかった。糸の強さは、青虫が息絶えるまで、力を振り絞り続けた

証なのだろうと思われた。


今年も春が来て、山椒に新しい芽が出できた。

これから夏に向かって山椒は数多くの葉を付け、また蝶々が

飛んでくることになるだろう。


新芽を見て、それから木の根元を見た時、私の胸に小さな痛みが

走った。



野毛で60年も続けてきたバー山荘が1月20日に閉店になっていた。

久しぶりに野毛に行って、山荘に入ろうとしたところ、閉じていた錆びた

シャッターに閉店の張り紙が貼ってあった。

途方に暮れてあちこち歩き回って、結局、どこにも入らずに野毛を

離れた。こころが乱れて、胸に小さな痛みが走った。

そんなに長く通っていたわけではなかったけれど、古い作りの

バーがいつも気になって、時折足を運んでいた。

バーテンダーのジローさんに最初に会った時、ジローさんは60歳を

過ぎた頃だったらしい。ジローさんは店が閉まった後、どうしている

のだろうか、残念な事態があって、野毛が少し遠くなったような気が

した。

山荘は、もともと台湾出身の黄さんという人が開けた店だ。

博識で、店の壁には達筆で書かれた漢詩がいくつも貼ってあった。

店をジローさんに任せて、自分は近所の店をはしごして飲み歩くという

風流人だった。台湾からの留学生をアルバイトで雇い、古き良き野毛

のバーなのに、どこか台湾の香りがする不思議な店だった。

店にはジュークボックスがあって、お客さんは100円硬貨を入れて

自分の好きな曲を流し、店は、まるで昭和の時代から時が流れて

いないようにも感じられた。お客さんたちはそんな雰囲気が好きだと

言っていた。

そして、年が明けて、高齢だったオーナーの黄さんが亡くなり、店は

閉じられることになった。


今週になって、久しぶりに野毛に行った。何度か行ったことのある

古い居酒屋に行って、酒を飲みながら、「山荘が無くなって残念です

ね。」と言ったら、店の主人が、「前の山荘は無くなったけれど、ジロー

さんが、近くに小さな店を借りて山荘を開けることになった。今日は

初日だよ。実は、俺も店が終わったらジローさんに会いに行くんだ。」

と言った。

私は店の勘定を済ませ、聞いた道順どおりに、新しく開いた山荘に

向かった。階段を上がり、ドアを開けると、いつもの懐かしいジロー

さんの声がした。「いらっしゃい。ひさしぶりだね。」

店の中を見回した。昔の山荘にあったジュークボックスやメニュー

看板、天井の飾り、昔のままとは言えないけれど、昔の面影が

あちこちにあった。

山荘が復活した。ジローさんの山荘が野毛に戻ってきた。そして、

カウンターの奥には、台湾出身の日本語がまだたどたどしい女の

子も前と変わらずいるではないか。

私は胸を衝かれた。ほんとうにうれしかった。ジローさんに、いつも

と変わらない酒を作ってもらい、久しぶりに、山荘のお酒をかみしめて

飲んだ。

ジローさんは元気に笑顔でニュー山荘の初日を切り盛りしていた。

ジローさんは今年70歳になるらしい。



夜遅く、打合せから帰って、資料を整理していたら、テーブルの

上に黒い、小さなものが置いてあることに気がついた。

手に取ってみたら、それはベルトの切片であることがわかった。


日本を出る時に、ベルトを忘れたことに気づき、空港のアーケー

ドで買った黒いベルト。長過ぎたので、店員に少し切ってもらった

のだが、ホテルにチェックインしてから、まだ長いことに気づき、

ハサミで切ったその切片が、部屋のテーブルに残っていたのだ。


このホテルにはごみ箱が置いていない。

荷ほどきをした私は、テーブルの灰皿の近くに、いろいろな

ゴミを捨てた、というか置いておいた。


段ボール箱を開けた後のガムテープを丸めたもの、資料を

作り直したために紙から外したホチキスの針、間違っていた

資料を破ったもの、土産品の包装紙の端切れ、必要のない

領収書、飲みほしたペットボトルを折ったもの、汚れを拭いた

ティッシュペーパー、

それらは、部屋の清掃の後に、きれいに捨てられていたのだが、

それらの中にまぎれていた黒く、小さな、3センチほどの正方

形のベルトの切片が、たったひとつだけ、テーブルの上に

残っていたのだ。


メイドは、おそらくやや年齢を重ねたメイドは、たくさんの

ごみをひとつずつ捨てていく中で、この切片を手に取り、

顔に近づけ、何かわからないまま、これは捨ててはいけない

物だと思い、テーブルの上に置いた、はずだ。


私は浅い眠りを繰り返す中、ふと、この切片のことが気になり

はじめた。


窓の外には、スターリング様式の外務省のビルが、オレンジ

色のナトリウム灯でほのかに浮かび上がっている。夜が

明けるのはまだ3時間も先だろう。

私は眠ろうと思い、ラジオをつけ、ゆっくりとした音楽を

聞いて眠りに就こうとした、が、目が冴えて起きてしまった。


部屋の明かりを点け、切片を持ってみた。

その時、私は、私の部屋のメイドと、この黒く、小さな

切片で、繋がった、と思った。

彼女は、清掃の時、今の私と同じように、この切片を持って

見つめ、これをどう対処すべきか考えたに違いない。


私は部屋を見渡して、何かほかに捨てるごみがないか

探してみた。そして見渡している間に、「これは面白い

こになった。」と思った。


ベルグラードは、三つ星にも満たない、うらぶれたホテル

である。以前泊った時に、次回は別のホテルにと思って

いたのだが、訳があって、またここに泊ることになった。

嫌だなあと思っていた。


そんな中、面白いことが起きた。いや、起きようとして

いる。

私は、まだこの先10日以上もこの部屋にいる。

そして、テーブルの上に、またいくつかのごみを置こう

と思っている。

その中から、彼女は、私のメイドは、私の意図を正しく

読み取って、私が残しておいてほしいと思っているもの

を正しく探し出し、テーブルの上に残してくれるだろう

か。


残念ながら、私の部屋に、ごみらしきものはそう多くは

残っていない。

だとしたら、今日の午後、美郷の伴さんとは4時間を超える

だろう会議をするのだから、明日も多くの人達と打ち合わ

せをするのだから、私は、たくさんのごみをこの部屋に

持ち帰ることができる。


私は、ちょっと楽しい気分になってきた。


外はまだ暗いのだが、私が夜が明けて、部屋を出て、

また戻ってきて、テーブルの上に何が残っているかを

考えることが楽しくなってきた。


そしてこの滞在も、案外楽しいものになるかもしれない

と思った。


あとは、彼女が、私のメイドが残すべきものを正しく

見つけ出してくれるか、私は待つだけだ。


私は、要らなくなって捨てたはずのこのベルトの切片が

大切なものになっていたことに、気が付いた。