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馬ファーストで始める乗馬の第一歩

乗馬初心者から中級者向けに書いているブログです
これから乗馬を始める方、始めておられる初心者の方
乗馬から馬術へとステップアップ中の方、馬の調教をされている方
その他テーマ別に参考になるのではないかと思う内容を書いています。

銜について考えるシリーズの最終章です。

ビットレスと福祉的馬術 ― 科学と伝統の融合が導く未来


1. ビットレスとは何か ― 馬の神経系に“圧”を与えない選択肢

ビットレス馬術とは、馬の口腔内に金属(ビット)を入れず、頭部外部で圧を伝える方式です。
目的は「痛みを減らすこと」ではなく、神経刺激の方法を変えることにあります。

主な代表形式

種類 英名 作用部位 力学的特徴
ボーソン Bosal Hackamore 鼻梁・顎 頬索で圧を伝える。繊細な操作が可能。

メカニカルハッカモア

Mechanical Hackamore

鼻梁・後頭部・顎


テコの作用で強い制動力。誤用リスク高。
サイドプル Sidepull 鼻筋・頬
方向づけに優れる。若馬や再教育に使用。

クロスアンダー
Cross-under (Dr. Cook式) 鼻梁・顎下・後頭部 圧が全体に分散。痛みが少なく穏やか。

 

これらはビットとは異なり、
刺激が舌・バーの痛覚神経ではなく、
**皮膚表面と筋膜の圧受容器(メカノレセプター)**に伝わります。

つまり、「痛覚刺激」から「圧覚刺激」への変換。
この違いが、馬の心理的反応を大きく変えます。


2. ビットとビットレスの神経学的比較

観点 ビット使用 ビットレス使用
刺激の主対象 舌・バー(痛覚神経・圧覚混在) 鼻梁・顎・後頭部(主に圧覚)

刺激の種類
局所的・点的刺激(高強度) 面的・分散刺激(低強度)
反応経路
三叉神経第3枝中心 → 脊髄反射系

三叉神経第1枝中心 → 体性感覚系

心理的反応

回避・防御行動を起こしやすい

圧を“感じ取って考える”傾向

呼吸・唾液
口腔閉鎖でやや制限 開放的で呼吸が安定、唾液も自然

この比較から分かる通り、ビットレスは
痛み刺激を減らすだけでなく、学習経路そのものを変える手段といえます。

ビットでは「不快→回避→正解(リリース)」というネガティブ学習、
ビットレスでは「圧→調整→快適(解放)」というポジティブ学習に近い形になります。


3. 科学的知見から見る“快適な馬”の指標

欧州各国の大学(スウェーデン農科大学・カッセル大学など)では、
装着具の違いによる馬のストレス生理学的反応が研究されています。

代表的研究知見(要約)

  • 心拍変動(HRV)において、ビットレス使用時は**副交感神経優位(リラックス)**が顕著。

  • 唾液中コルチゾール濃度は、ビット使用で平均10〜20%高い。

  • ただし、熟練した“柔らかい手”を持つ騎手では、この差はほとんど消失する。

💡 結論:ビットそのものが悪ではなく、「使い方」が生理的快適性を左右する。


4. ビットレスの利点と課題 ― 力学・制御・倫理の三面から

観点 利点 課題
生理学的 呼吸・唾液・筋緊張が自然 舌・顎からの“微細情報”が減る
力学的 分散圧で痛みが少ない フレーム保持やコレクションに不向き
行動学的 馬の信頼形成に有効 微妙な姿勢補正や横運動制御が難しい
倫理・福祉 「痛みのない馬術」として社会的評価が高い 競技規則・審査基準の整備が遅れている

つまり、ビットレスは心理的・倫理的には優れているが、
高精度の運動表現では情報量が足りない
というのが現時点の科学的評価です。


5. 競技馬術におけるビットの存在意義

FEI(国際馬術連盟)のルールでは、馬場・障害・総合いずれも
「ビット装着」が原則義務となっています。

その理由は単純に“伝統”ではなく、以下の科学的要因に基づいています。

(1)情報伝達密度の高さ

  • 舌とバーを通じて伝わる圧変化は、0.05秒以下のタイムラグで反応が返る。

  • 鼻梁部(ビットレス)では反応が0.2〜0.3秒遅れる(König von Borstel, 2018)。

(2)姿勢制御(コレクション)の精度

  • 舌と顎を通じた筋連鎖は、背中~骨盤への反射経路と連結。

  • 鼻梁での刺激はこの反射連鎖が弱く、背中の収縮を引き出しにくい

(3)統一基準の確保

  • 世界共通で「ビットによる舌圧のコントロール」が審査基準に組み込まれている。

  • これが審査の公平性を支える技術的基盤となっている。

⚖️ よって、競技馬術においては“ビットなし”では技術要件を満たしにくいのが現実です。
しかし同時に、「より柔らかく使うための教育」が義務的に求められる時代に移行しています。


6. ビットとビットレスの“融合”という新しい方向性

近年のヨーロッパの馬場馬術トレーナーの間では、
ビットレス・イン・ビットワーク(bitless-in-bitwork)」という考え方が注目されています。

これは、

“最終的にビットを使うとしても、最初の信頼形成はビットレスで行う”
という段階的調教法です。

ステップ構成:

  1. ビットレスで安心と反応の一致を学習(心理的フェーズ)

  2. 同じ合図をビットに置き換えて再学習(神経経路の転写)

  3. 両者を切り替えてもストレスが出ないことを確認(統合フェーズ)

この方法により、馬は
「ビットが痛みの象徴ではなく、信頼の延長である」
と認識するようになります。

🧠 訓練科学的には、これは「感覚転移学習(sensory transfer learning)」と呼ばれる現象です。


7. 馬術の未来:ビットは残る、しかし“痛みの文化”は終わる

今後の馬術は、「ビット vs ビットレス」という二項対立を超え、
**“馬にとって苦痛が最小の状態で最大の理解を得る技術”**へと進化していくでしょう。

  • FEIでは2024〜2026年にかけて「ビットレス部門(非公式カテゴリー)」の試行を計画中。

  • スウェーデン・オランダでは、“科学的ウェルフェア審査基準”の導入が検討中。

  • 「柔らかい手の教育」が競技免許取得要件に追加されつつあります。

🕊 馬術の未来は、力を競うものではなく、心の静けさを競うものになる。


8. まとめ:科学と伝統の調和点にある「馬ファースト馬術」

観点 ビット使用 ビットレス使用 共通の理想
神経系 痛覚+圧覚刺激 圧覚+体性感覚刺激 痛みのない刺激伝達
心理
精密だが誤用で恐怖を生む

安心だが精度は落ちる

安心と明確さの両立

馬体
 

舌・顎・背中の連動

鼻梁・頸のリズム

全身を通じた柔らかい運動

馬術哲学
クラシカル伝統 ナチュラル調教
馬ファーストの思想

🎯 結論:
ビットは「制御」のための器具ではなく、信頼を形にするツール
ビットレスは「自由」を象徴するが、責任ある理解が伴う。
両者を行き来できる騎手こそ、現代馬術の理想的存在である。