(雅室にて)
「俺がランジャンの夫でがっかりか。
清楚な麗人*を思い描いていたんだろう?」
「はい。
いえいえ、夷陵老祖は英雄です。夷陵の人々の誇りです。
善と悪の並び立つ両雄。
まるで、夢物語の世界のようで、できすぎではありませんか」
「一つ訂正します。
ウェイ師叔を悪と決めつけないでほしい。
彼は、悪に屈せず、正義を貫いた不正出*の英傑*です」
にこやかに、沢蕪君が言った。
「やはり、世間の評判は当てにならないものです」
「俺は自分の信念を貫いただけだ。
大したことではない。
乃木大老、あなたも信念をお持ちでしょう?」
「私は悪者になっても、子ども達を守りたかった。それだけです。どんな罰も受け入れます」
「あなたが銀塊を奪っていた村々が、困窮していたことは分かった上での所業ですか?
子ども達もさぞ辛い思いをしていたに違いない」
乃木大老は、無になったかのように、感情を表に出さない。
突然、戸が乱暴に開かれ、ランジャンが飛び込んできた。
髪も衣も乱れ、必死の形相に、皆、唖然としている。
ランジャンの顔から、外衣で包(くる)まれたものへ、皆の視線が移る。
ランジャンはウェイインの側に座ると、外衣に包まったものを自分の膝の上に置いて、
「この子の体温が低い。診てくれ」
外衣をめくると、赤子の顔が現れた。
温ニンが、その子を外衣から取り出し、丸ござの上に寝かせた。
「どうやら、泣くこともできないほど、弱っています。
身体を温めないと。湯婆*を用意して下さい」
ウェイインは、真っ青な顔で、赤子の顔のその白さに吸い込まれるように見つめていたが、
「うっ」と口を押さえて部屋を飛び出した。
慌ててウェイインの後を追うランジャン。
ウェイインは庭の端で、うずくまり、嗚咽を上げながら、吐いていた。
「ウェイイン、ウェイイン、大丈夫か?
息はできるか?」
背中をさすり、霊力を送り込むランジャン。
「だめだ。耐えられ…」
そう言うと、前のめりに倒れた。
つづく
*麗人…容姿の美しい女性。
*不世出…めったに世に現れないほど優れている。
*英傑…優れた才知と勇気を持ち、抜きん出ている人物。
*湯婆(たんぽ)=湯たんぽ…湯婆の「婆」は妻のこと。妻の代わりに抱いて暖をとる、という意味。
7世紀、唐の時代〜。
かわいい💕「無名」
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