三次創作小話「忘羨(ワンシェン)その後」第四十八章⑨
(静室にて)
「三年の面壁後、今から、五十九年前だ」
「目に映るものは色をなくし、耳に入るものは我知らず聞き過ごし*、
誰の言葉も心に届かず、味のない飯をむりやり流し込む。
来る日も来る日も、夢に現れる君を追いかけて、号泣し絶望する。
君の笑顔が、私を呼ぶ声が、遠ざかって行く」
涙ぐむランジャンをウェイインは無言で抱きしめる。
「乱葬崗と夷陵を訪れた。君の面影を求めて。
その時、幼子を連れた男の『この子だけでも』という決死の姿が、私の心眼を開けてくれた。
君を捜し出すと心に決めた。
これが、遊歴の旅を始めた、きっかけだ」
「お前が助けたいと思ったほどの男だ。少なくとも、その当時は悪人ではなかったはずだ」
(夷陵の旗亭にて)
「含光君の話は真実のようです」
暁シンは、老人に聞こえるように言った。
「こちらから、伺いたいことがあります」
「何なりと」
「先ほど、私たちは鬼面の賊を追い、ある商家にたどり着ました」
老人の反応を待っている。
「あの時感じた気配はあなた方でしたか」
「あなたも一味ですか?」
「悪事千里を走る、ですね。
あなた方には隠し通せません。
私があの者たちに、銀塊を奪わせました」
「あなたが、六十年もの間、村人たちを苦しめて来たのですか?」
老人は目を逸らさず、うなずいた。
「いえ、それは違います!」
大男が叫んだ。
「これでいいんです」
大男に何も言わせない。
「ただ心残りは一つ。
あの者たちが上前をはねていた事は薄々分かっていました。
あの者たちが隠した銀塊を見つけ出し、村人に返したい。
もちろん、私の手元に残っている銀塊もお返しします」
「旦那様、それでは、」大男が悲痛な声を上げた。
「天知る地知る*、この出会いはそういう運命だったのですよ」
つづく
*聞き過ごす…聞いても心にとめない。
*天知る地知る…悪事はいつか露見する。