のんびりゆるゆると、地域の情報誌をつくっているのだけど
情報とはなんだろう?みたいなことを考える。
(のんびりしすぎな気がする。)
情報誌というからには中にたくさん情報がつまっているんだろう。
それはたぶん、便利だったり何かの役に立ったりするんだろう。
もちろん読むひとにとって興味のある情報が入ってなくちゃ意味ないし、
それもできるだけ「たくさんある」ほうがいいみたいだ。
いっぱいある情報の中から「えらぶ」ことができる、という。
「えらべる」ことでちょっぴり豊かになったような、
すこし自由になったような気持ちになれるのだ。
情報誌をつくろうなんて言い出したものの、
わたしはあんまり雑誌とか情報誌とかを読まない。
前に、どんな雑誌読んでる?ときかれて
「夕刊」と答えたくらい・・・(笑)
マジメに朝刊なしで夕刊だけ配達してくれないかな?
って思ってるんですが。
情報ってなんだろう。
ふと、流しそうめんを思いうかべた。
目の前を流れていくそうめん。
そうめん(のかたまり)が崩れながら流れていく・・・。
ちょっとずつ、まちまちに、流れてくるそうめんを、
みんなが、箸をもって待っている。
そうめんをキャッチするのは、箸。
キャッチしてたべるのは、人。
おせち料理のお重みたいに
たくさんのものが豪華につめこまれているのではなく、
つかまないと、流れて、消えていってしまうもの。
そんなイメージ。
何をつかむかつかめるかは
箸のよしあし、箸さばきのちがいだろうか。
なんにせよ、
じぶんのたべたいものがなければ(わからなければ)
何を食べても美味しくいただくことはできない。
あれでもない、これでもない、
おなかはいっぱいになるのに満たされないだろう。
さて、
どんなそうめんを流そうか。
でもそのまえに
わたしは、あなたは、どんなものが食べたいんだろう。
どんなものが好き?
どこにいきたい?
そんなとりとめもないことを、
ゆるゆると、ずっと話していたい。