わかるようでわかってない
見えるような気がするのに見えていない。

もっと、ちゃんと、わかりやすい言葉で
それが何かを伝えられたらいいのに。
どこか、自分のなかに
ひっかかりがあるんだろうなと思う。

それは
何らかの目的を共有する人たちが行う「活動」

「目的」を「共有」する。

何度も耳にして目にして、文字にして口にして
当たり前のように慣れ親しんでしまった。

でも、人は
明確な目的をもって何かをするわけじゃない。
気がついたら、なんとなく
楽しそうだから
ちょっと興味があったから・・・
多分、そんなものなのだと思う。

でも、集団、組織のなかで
気がつくと
パワーゲームがはじまってしまう。
それは実際、活動を活発化する力になり
より「がんばる人」「汗を流す人」を支持し
パワーゲームを阻止しようとする動きでさえ
力となって働いてしまうような
悪循環。

世の中には「権力」というものがあり
力関係がある。
「ある」ものは「ある」のだから
どうしようもない。
多数決でしか物事を決められないような社会では
権力にすがらなくては生き残れない。

・・・ということ、なのだろうか。

わたしは時々
どうでもいいや、という気分になってしまう。

力に抗うために使う「力」
根本的に使い方を間違っているのかもしれない。
いや・・力はどこまでもいっても空疎なものだ、という
心の声が聴こえる気がする。

自分の中にある「枠組み」を壊したい。
今いる場所から一歩、外へ
違う世界を、違う場所から見てみたいと切実に思う。

ずっと同じ場所にはいられない。

わたしは、動き続ける・・・
でも、いつも「ここ」にいるのだろう・・・と思う。