心療内科通院時代の話の続きです。


M先生のもとに通い半年、ようやく私の服用する薬が決定しました。


心療内科デビューからすでに3年以上。


薬が決定したと言っても、飲み始めてから急激に回復したなんてこともなく、

毎日家にいて、時間ばかり過ぎていく日々でした。



M先生の医院では、毎日別室でデイケアを行っていて、


狭い部屋にけっこうたくさんの人(10~20人位)が通っていたんですね。


もしかしたら友達ができるかもしれないと私も参加してみました。


私の経験したデイケアはここだけなので、他の場所のことは知りません。


しかも数年前の話。


現在とはいろいろ違いがあるのかもしれませんが、一応お話しします。



確か、参加費用は1日200~400円位。


公的扶助とか障害者認定を受けていたりすると、タダ同然だった気がします。


もちろん、自分の好きな日に参加。



M先生の医院では無料送迎もあり、毎日通っている人もけっこういました。


内容は

習字、工作、調理実習、折り紙、散歩、ゲーム、

季節のイベント(花見・落ち葉拾いなど) などなど。


幼稚園か!と思えてしまうこともけっこうありましたが、


両親がすすめるので、仕方なく週1回通っていました。




しばらくぶりの更新ですm(_ _)m



2年前、東日本大震災の日。


あの日私は地元東北のビル2階で仕事中でした。


私の地域は震度5でしたが、幸い大きな被害もなく。




当時私は離婚して実家に戻ったばかり。


まさに心に穴があいたような状態で生きていたんです。


そんな時に起きた地震でした。


家も家族もみんな無事で、停電で真っ暗なため、18時で就寝。



帰る家があってよかった。



布団の中で、ずっと考えていました。


家族がいてくれて本当によかった。


もしひとりでいたら、自分はどうなっていただろう。




そして思いました。


―もし、運悪く自分が死んでいたら―?



私、まだ、何もいい思いしてない!



嫌だ、こんなところで死にたくない!



早く人生をやり直さないと!




そして世に言う、婚活デビュー。



家族は「今はまともな判断ができないから、もうしばらく落ち着いてから」


と言いましたが、当時の私は32歳。


待っていたら、どんどん自分の価値が下がることは事実です。



割り切りました。


自分を高く売らないと。




半年後に出逢った男性は、


「前のダンナよりずっといい!」と両親がバンザイするようなヒトでした。



収入だけじゃなく、優しい人。



私は本当に運がいい!


常にこう言うように癖をつけると、必ず何倍にもなって返ってきます。


理屈は分かりませんが、なぜかそうなんです。


騙されたと思ってやってみてください。





あの地震で体も心もボロボロになった方、


死んだ方が楽だというなら、そうした方がいいと思います。



でも、もし、まだ生きているとしたら、どうか


自分が幸せになれるように、自分で考えて生きていってください。



行政や不幸を恨んでも、誰も助けてはくれません。


すべてがなくなっても、あなたの頭だけは立派な財産です。



ハンデは大きいけど、自分の人生は自分で作り上げていってください。



一緒に生きていきましょう。



M先生が主治医になって、半年ほど。

初めて心療内科を受診してから、3年以上たっていました。


M先生が言いました。


「よし。じゃあ、この薬でいきましょう!」


私の薬が決定した瞬間です。



私は当時、この言葉の意味が分かりませんでした。


今まで毎回処方が変わっていたのは、

「私に合う薬を決定するためだった」ことを初めて知ったのです。


私は精神科医が何をしているのか、また、心療内科の卒業の仕方を知りませんでした。


てっきり、ある日突然

「もう元気になったようですから、次から来なくてもいいですよ」

と言われるものだと思っていたのです(+o+)


※初診から2ヶ月とか、通院歴が浅い場合はそれも考えられます。

素人考えですが、合わない薬をのみ続けて耐性がついていたり、

初診が遅かったりと、精神疾患は1度こじらせると、

回復に何倍もの時間がかかります。



《 心療内科の治療の流れ(M先生の場合) 》


1、その人の症状を改善する薬を処方


2、その薬を服用しながら経過をみる。様子をみながら増減。


3、回復してきたら、少しづつ薬を減らしていく


4、心療内科卒業


(※先生によって、治療方針に違いがあると思います)



ここで初めて説明を受けた私は、ようやく第1段階をクリアしたことを知ります。


ガクッとしました。


でも、まあ、初めの医院にいつまでも通っていたら、

全くよくならなかったかもしれない。


もし、この治療方針を初めから説明されていたら、

薬がいつまでも決定しないことにイライラして、

効かない薬でも「これでいいですから!」とキレそうだし。


M先生はたった半年で私に合う薬を決定してくれた。


このままいけばもうすぐ治るんだ。


薬が効いているかどうか、実感はありませんでしたが、

この頃、ようやく前向きな考え方ができるようになってきました。