ウサギからカエルにちょっと変えてイメチェンを狙う野良カエルです。

前回、ガラにも無く格好を付けて国政選挙などを予想しましたが・・・トホホ。

 

さて、話題として使い古されている感はありますが、従軍慰安婦という奴をまとめてみたいと思います。

まず、慰安婦さんの給料明細を見ましょう。

これは、ちょっと前にネットで流れて居たモノです。

正確な金額はわかりませんが、当時、慰安婦さんは軍人の大将とか、そんな人達よりも高額な給料を貰っていたと言われています。

この商売形態は奴隷では有りません。売春婦です。

どっからどう見ても売春婦です。

 

言うまでも無く、いわゆる、従軍慰安婦と呼称される女性達は、戦時中、軍隊の近くに居た売春館の女性達です。

以下に、『歴史戦争の正体』(若狹和朋)から引用させていただきます。

ちょっと長文になります。

 

「慰安婦とは言わなかった。女とか、PとかSとか、スーちゃんとか兵隊用語があったみたい。慰安所とは言った。飲食を伴う店が多かった。何人ぐらいいたか? 広東全体で七十人くらいはいた。臨検をするから、数は覚えている。支那全部で二十万人? ……馬鹿を言うものではない。支那全土でも、数千人だろう。二十万人といえば十個師団で、南支那派遣軍の人数だ。支那に派遣された日本軍は総勢で五十万人くらいなか?

銃剣で脅して……なんて、馬鹿な話だ。兵の非行は憲兵が取り締まる。兵隊の給料は月八円五十銭くらい。慰安所は兵で一円、下士官は二円した。ともに三十分だ。兵は帰営が五時。下士官は非番で八時まで。将校は非番で、八時から十時過ぎれば宿泊で、翌日は朝帰りという次第だ。将校宴会所は将校の歓送会などに使われていた。看護婦はここでご馳走になった。

 戦地の女は高給取りだった。師団長(陸軍中将)で年俸七千円くらい。それ以上に稼ぐ女は珍しくなかった。兵隊たちは、女達には優しかった。それは、家庭のために身を売って……という同情心があるからだよ。それは、朝鮮人の女にも同じだった。ただ、朝鮮人の女性より日本人の女性のほうが人気があった。朝鮮人は日本語が下手だから。ただ同情心は同じだった。ご兄弟のために身を売っている女、というのはどこか同情心が働くのだ。兵が女に暴力? ……そんなのは聞いた事は無い。痴話ケンカまでは知らない。弟や妹は学校に通っているというのが、商売繁盛のもとでもあったようだ。博多の〇〇町の料亭△△の女将は支那帰りだよ。弟は□□県の知事になったよ。

 朝鮮人が挺身隊で強制連行された? 挺身隊というのは、学生たちの勤労奉仕隊のことだ。おまえは学校で生徒さんに妙なことを教えているのでは無いな!」

 

これは著者、若狹先生のご母堂の証言。この方は従軍看護師で、広東第一陸軍病院の初代総婦長をされた。

是非、皆さんにも『歴史戦争の正体』(若狹和朋/幸福の科学出版)を読んで貰いたい。

幸福の科学というと、色眼鏡で見てしまいがちだが、若狹氏は素晴らしい方なので……。

 

それで、ここにあるように、日本人女性が多かったというのは本当らしい。

地域差があるようだが、40~50%は日本人だったようだ。

 

ここでのポイントは『臨検』

戦地の女性の性病や健康状態を検査する。

軍の看護師が健康管理している。ここが、軍の関与という関わりに勘違いされているようだ。

その他に、安い闇の売春宿が点在していたらしい。

これは安いのだが女性達の健康管理などしていないので性病などが怖いと言うとこもあり軍では利用を禁止していた。

……まあ、それでも行く人は居るんだろうけどね。

 

このように慰安婦とは、民間で経営されていた売春宿に居た人のこと。

この方々は臨検もされたし、高給取りだった。

 

所が、今、韓国で『従軍慰安婦』と称する女性の皆様の証言は、この慰安婦に当てはまらない。証言の100%が当てはまらないのだ。

 

どうやったら日本軍のせいだと言えるのだろう?

韓国の皆さんには理路整然と証拠を出して説明して欲しいものだ。