イケメンの泳ぎ方8 | 天狗と河童の妖怪漫才

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妖怪芸人「天狗と河童」の会話を覗いてみて下さい。
笑える下ネタ満載……の筈です。

もはやイケメン関係ない話になっとるやんけと(笑)



まぁとにかく考えを整理する時間が必要なんでね。



過剰な環境ってのは過剰でなければ適応できないわけですよ。



すると人間ってのはどうなるか?というと、その環境に適応しようとするわけで、それには何かを我慢したり消耗したり、もしくは新たな能力や才能で現状から進化するわけですね。



そのね、我慢や消耗の先には進化ってあるわけで、仕事で言ったら認められるって段階のことですよね。



そこの環境での信頼や信用ですよ。



悪いやつらの世界ならその環境の中で認められるわけですね。



ルールを無視しても認められることもありますし、それまでの環境にもよるわけです。



僕らの働く環境は外国人もいますから、モラルとか違うこともあるわけでね。



同じ日本人でも心が通わない場面もありますからね。



イケメンは顔面偏差値としては過剰ですよ。



でも彼は独身なんですね。



周囲の人達はその情報から何か理由や答えを探すわけです。



それが本当の答えかどうかは別としてね。



とっとと処理したいわけです。



障害者なら個性とか言うけどイケメンには個性とは言わないでしょ。



もちろんイケメンの障害者もいれば顔面も障害者はいるでしょうね。



言葉は言葉でしかないし、言語能力にも表現することに障害があれば、それを受け取る側にも障害はあるから誤解でしかないわけでさ。



イケメンは女からは甘やかされるだろうなと。



今の職場なら社長の甥っ子として出戻りしてきたわけですから周りの人達は彼を甘やかすことになるわけでね。



でも仕事には向き不向きがあるからその環境で評価される能力がないと認められないわけですよ。



そこまでやる必要はないって怒る先輩のいる環境もあれば、なんでやらないの?と怒る先輩のいる環境もありますからね。



どっちも過剰なんですね。



若いやつからピンハネしたければちゃんとした仕事は覚えさせないですし、貰っている給料よりも評価されることを求めるならやらなくてもいいことをやって存在をアピールするわけですね。



そういうことも年を重ねると嫌でも理解してくるわけでね。



結局は労働者がいないとダメなんですよ。



バカがいないと成立しないんですね。



社会の末端の末端ですから外国人労働者と一緒に働いてる環境ですからね。



この仕組みがもう少しで破綻するわけよ。



この底辺の業界って分かりやすいから、バブル世代とゆとり世代以降の人材っていないわけ。



やる意味がわかんないから(笑)



他の仕事をした方が休みも多くて給料もいいからね。



社会の落ちこぼれが集まる場所ですからね。



僕らはこんなところで待ち合わせしてたんかと。



上の世代は僕らの世代がいるから逃げ切れるかもしれないが、僕らはこの先も同じような仕組みでは成立しなくなる。



これは他の業界でも同じで、つまんねえなってことなのよ。



とりあえずイケメンの泳ぎ方としては終わらせますけどね。



そんで彼は趣味で絵を描いてるのよ。



その作品が新しくオープンするお店に展示されてるんですよ。



これは作品を作る工程から彼が携帯で説明してくれるんで、そういうのを見てて僕が感じたことなんですけど。



芸術というかアートの世界も仕組みがあるわけでさ。



業界関係者から依頼が来たと、それがそこまで有名ではないけど映画で主演をやるクラスの俳優でね。



つまり“泳ぎ方”とはそこがプールなのか、大海なのかで違うってことさ…。



この我ながら見事なオチね(笑)