ハッピーエンドの作り方6 | 天狗と河童の妖怪漫才

天狗と河童の妖怪漫才

妖怪芸人「天狗と河童」の会話を覗いてみて下さい。
笑える下ネタ満載……の筈です。

で、食事会をする和室には人数分のお膳が並び、お祝いが始まった。



席順も両親だけしか決まってなかったので僕は流れで座る位置を決めた。


父母兄
僕甥嫁



とはいえ、全員の頭の片隅にあるのは(プレゼントを渡すタイミングはどこだ?)である。


父親と僕からは兄へ祝儀袋を渡す。



兄夫婦と僕からは両親へ古希のプレゼントを渡す。



両親と兄夫婦と僕からは甥っ子への誕生日プレゼントを渡す。



両親からは僕と兄嫁に1ヶ月早い誕生日プレゼントを渡す。



んー、お祝いが渋滞している。



兄嫁がビデオカメラをセッティングしていた。



コース料理みたいに仲居さんが少しずつ料理を運んできてくれた。



こういうとこで家族でご飯を食べるのは初めてだった。



手元にその時のお品書きがあるのだが、筆で書かれているのと読み方がわからない漢字が並んでいる。



料理の項目だけを書いてみる。



光付(前菜ってことかな)
お椀

お造り

焼物八寸

箸洗い

強肴

煮物

揚物

酢物

食事

味噌仕立

水菓子



和食という文化の奥深さに驚いた。



全てが美しい。



ただ、和食の感想や食レポをするには日本語を勉強しなければ難しい。



味覚の種類も豊富だし、食材の彩りや季節感や調理法や名前までもが国語力が強い。



それらを丁寧に説明する仲居さんは気配りも含めて凄いなと思った。



食事の途中で兄嫁がビデオカメラを片手に持って僕のところにやってきた。



「両親へのお祝いメッセージお願いします」と、ビデオカメラを僕に向けた。



しかし、僕の目の前には両親が座ってこちらを見ている。



なのに兄嫁のビデオカメラは僕の真横にいるので、横向きに間接的にメッセージを伝える形になる。



もちろん照れ臭いのもあるが、兄嫁の気遣いもわからなくもない。



だけどビデオカメラに語りかけるというのは事前に用意したコメントじゃないと自分の言葉にはならないと思った。



目の前に両親がいるのに横を向いて喋る行為が表現として男らしくないので変な空気になる。



照れ臭い、緊張する、と言い訳に始まり、おめでとう、長生きして下さい、みたいな当たり障りのないコメントになった。



次の標的は旦那である兄貴だった。



兄貴も真横に両親がいるのに正面にいる嫁の回すビデオカメラに向けてメッセージを言うことに「なんか変だな」と疑問を感じながら喋っていた。



そして最後は兄嫁の番である。



兄嫁は完璧に仕上げてきていた(笑)



どうやらコメント撮りになれているのだろう。



それだけに内容についての記憶もない(笑)



両親からのお礼のコメントもどこか本調子ではなかった。



まぁ家族でのお祝い事には慣れてないから仕方ない。



料理が運ばれてくる合間なのでふざける感じでもないからね。



で、父親が兄貴に祝儀袋を渡したので続いて僕も兄貴に渡した。



これには兄貴も驚いていたが、素直に受け取ってくれた。



本家の長男に対する作法とはこういうことかと学んだ。



家族であり兄弟なんだけど、お金という気持ちを渡す瞬間とは粋でなければならないのだと。



諸々の経費に対する金額ではなく、それらを手配して背負った重さに対する感謝なのだ。



ここから怒涛のプレゼントラッシュになった。



両親から甥っ子への誕生日プレゼント。



組立式のアンパンマンの滑り台だ。



次に僕から頭の良くなる電子絵本。



そんで兄貴夫婦からアンパンマンのジグソーパズル。



甥っ子は喜んでいた。



そして両親から僕と兄嫁に誕生日プレゼント。



兄嫁が何を貰ったかはタイミングが同じなので記憶にない。



僕はトレーナーと靴だった。



トレーナーは着れるセンスの物だったが、靴は履くことはないと思った。



不思議なもので、こうやって書きながら部屋にある靴を見ていたら履ける気がしてきた。



靴をイジられてもいいかなと。



反抗期のマザコンみたいな風潮から素直に感謝するべき年齢だと思った。



甥っ子が両親からの大きなプレゼントに喜んでると、兄嫁は甥っ子に近付き、僕からの包装紙でラッピングされたプレゼントに対して「中身は何かな~」と息子にささやいた。



ラッピングされた包装紙には青いリボンが付いているので、その辺りも評価対象にしてもらいたいなと僕が思っている間に、甥っ子は豪快に包装紙をビリビリに破いた。



電子絵本は押すと音や音声が鳴るのでそれだけでも喜んでくれた。



甥っ子は音楽に合わせて腰を振るのでリアクションは最高だった。



そして兄貴から目で合図され、近くに行くと耳元で、部屋の外に両親へのプレゼントと花束を用意してあると。



兄貴と僕で花束とプレゼントを持って両親の元に。



お互いに立ち上がったまま向かい合った。



その様子を兄嫁がビデオカメラで撮影していた。



まずは弟の僕から両親へ花束を渡してお礼の言葉を伝えることに。



特に何も浮かばなかった(笑)



普段から割りと良く喋る家族だから、こういう瞬間には何か新しい言葉や感情が浮かぶと思っていたのたが、僕は天才ではなかった。



すげー幸せなハッピーな空気の中で自分の両親に何かを伝えるって難しい。



僕の中ではアドリブで行けると完全に自分を信じてたからね(笑)



幸せの神様から言葉が降りてくると信じてたのよ。



あっ、これ無いなって思って(笑)



頭真っ白になってね。



なんというかさ、自分発信だとこの幸せの空気に負けるなと。



亡くなった婆ちゃんの90才のお祝いでのコメントの時は言葉が自然と降りてきたからね。



孫の中で僕だけ独身だったから「僕が結婚して、ひ孫の顔を見るまでは長生きしてください」ってさ。



自虐的なことをポジティブに変換する感じで親戚にもウケたのよ。



これには先に従兄弟が真面目なコメントをしてる流れやフリがあっての笑いだからね。



今回は僕が最初だし、何も言葉が降りてこないわけ。



ちょっと自分も感動してるから本音を言うとすれば「言葉にならない」なのよ。



でも大人として言うべきことを言わないといけない場面だってのもわかったの。



この瞬間に、両親に花束を渡すって瞬間のイメージが現実はこれなのかと。



お祝いする側も感動するんだなって。



そしたらさ、母親が僕のフォローをしてくれたわけですよ。



僕はどうしようもないバカ息子ですから、こういう場面でも何も言葉を用意して来なかったと、母親としては気が付いたんでしょうね。



母親は花束を抱えたまま、ゆっくりと笑顔で
「今まで色々と迷惑かけて…」と、僕に言うわけですよ。



母親が上の句を読んだわけ。



70才になる母親にこんなことを言わせるなんて情けないですよ。



本当にガキの頃からずっと迷惑しか掛けてないからね。



そんで、この状況を兄嫁が撮影してるわけです。



キツいなぁ。



だけどね、キツい時こそ神様は降りてくるのよ。



笑いの神様だけは僕を救ってくれる。



母親の言葉が部屋に響いた瞬間に、コンマ何秒の世界でやっと言葉が降りてきた。



母親の「今まで色々と迷惑かけて…」の上の句に、僕は下の句を繋いだ。



「そうそう、まー、今までね、二人には、色々と、迷惑をかけてきましたけど…」


当然の如く、うんうんと頷く両親と兄。



「………。これからも迷惑をかけると思いますので(一同笑)いいですか?油断したらいけませんからね!まだまだこれからですから。まぁそういうわけなんで、これからも“気を緩めることなく!!”元気で長生きして欲しいと思います」



次男坊としては“らしさ”のある感謝の言葉になった。



そして僕の次は長男である兄貴から両親へのお祝いの言葉へと繋いだ。



やはり最後は長男が締めるのが家族のハッピーエンドだと思った。



両親への古希のプレゼントを渡し終えて、僕と兄貴としては気持ちが一段落したところに兄嫁が小袋を持ってやって来た。



「あのぅ、私からはバレンタインのチョコレートです♪」



兄嫁は相変わらずアホな声だが、ここまでお祝い事が続いたらバレンタインもあるわな。



全員でプレゼント交換をしたようなもんだ。



兄嫁もバレンタインのプレゼントを渡すタイミングを待っていたんだと思う。



最後だったからリアクションが薄かったのは悪かったなと。



甥っ子が僕のプレゼントに夢中になって遊んでいた。



これでやっとハッピーエンドだと、そう思っていると兄嫁が大きな声で言った。



「誰も私のチョコレート開けてくれないんですかぁ?満月満月さん(僕)開けて中を見て下さいよぉ」



まさか最後の最後に、こんな無茶ぶりを仕掛けてくるとわ…



僕が食べて甘いとか美味しいの感想は兄嫁だけのハッピーエンドじゃないのか?



これ勝算あるんか?と。



長方形の紙を破いて中を見た。



チロルチョコが長方形に並んでいた。



しかし、よく見ると、そのチロルチョコの天辺には写真が印刷されていたのだ。



両親が古希の紫色のちゃんちゃんこセットを着た写真、兄貴が甥っ子を肩車した写真、僕が正月に帰省した時に甥っ子を抱っこした写真。



そこには兄嫁の写真はひとつもなかった。



チロルチョコの天辺の小さな写真の中の僕を指差して甥っ子が言った。



満月っちゃん叔父しゃん(笑)」



兄嫁よ、カッコいいじゃないか。



スーパーハッピーエンドじゃないか!



全てはこの瞬間を狙っていたのか。



お祝いよりも前に両親から紫色のちゃんちゃんこセットを着たと電話で聞いた時には、うわぁネタバレしてるじゃんと思った。



正月に僕と甥っ子で初めて写真を撮る時にも兄貴だけでなく兄嫁もスマホで撮影してたから夫婦間でデータを共有しろよと思っていた。



このサプライズを計画していたのか。



自分の写真は使わないってところも女として賢い選択だと思った。



そんで写真にはキラキラとかの加工がしてあるんだけど、しっかりと僕の右手の薬指にある指輪をキラキラで目立たなくしてあるのだ。



偉いなぁ。



しかし、兄嫁は会計の時にお釣が多かったことを実家に戻る車中で気が付いて兄貴から怒られていた。



兄嫁はお釣りの小銭がいい感じになる特殊な支払い方をしたせいで、店員さんがお釣りを千円単位で間違えたらしい。



こういう時くらいは万札だけで払えと兄嫁は怒られていた。



兄嫁が急いでお店に電話をするも、そのゆったりした喋り方まで注意されていた。



せっかくのハッピーエンドが…



実家にてアンパンマンの滑り台を組み立てることに。



パーツの数が多い。



兄貴が取説とにらめっこしている。



プレゼントした両親も困っていた。



ハッピーエンドの空気が萎んでいくのを感じた。



僕はパッケージに印刷してある完成した滑り台の写真を眺めて観察した。



ちなみに僕は建設業の職人なのである。



ハッピーエンドを作るのだ。



写真を眺めて頭の中でオモチャメーカーの開発者の設計図を解読した。



パーツの違いは使用上の安全と強度が必要な箇所によって使い分けていると。



兄嫁に組み立ての指示を出しながら、甥っ子には色分けされたパーツを運ばせて、僕は音速でアンパンマンの滑り台を完成させた。



甥っ子は滑る度に「もっかい」と兄嫁にお願いしては何度も何度も滑って満面の笑顔を見せてくれた。



最後に笑えれば、笑顔そのものが、それがハッピーエンドの作り方なのだと、僕はそう思った。



おしまい。