江戸っ子に案内されて知り合いがやってるという焼き鳥屋さんに向かった。
店内は想像していたよりも広くて、清潔で、そして何より混んでいたのだ。
予約をしてあった空席に江戸っ子と座った。
居酒屋にしてもこういう店には団体の時にしか入ったことがなかったので、隣の客との距離が凄い近いのに戸惑った。
もちろんサラリーマンが多かったが、OLらしき女の人も数人いた。
これは僕の偏見というか、もしかしたら真実だと思うんだけど、風俗にいるような感覚がしたのだった。
なんというか、男と一緒に酒を飲む女ってのはエロいと感じるのだ。
僕は車の運転をする時には、これで死ぬ確率は上がったと思うタイプなんですよ。
雨の日ならその確率は更に上昇するし、さらに夜間の首都高で合流するって時には死にに行くようなもんだと思って運転するわけですね。
だから眠いときは路上駐車してすぐに寝るんですよ。
これが女の人の場合だと、男の人と一緒にお酒を飲む時点で酔ったら抱かれる確率は上がるわけじゃないですか。
いや、むしろ、抱かれる可能性を受け入れているからこそ男の人と一緒にお酒を飲めるんだと思うんですよ。
僕は酒に弱いので、女に酒を無理やり飲ませてエロいことをする野郎が普通の人よりも許せねえわけです。
たった今、気が付いたんですけど、僕はお酒を飲んで酔った状態のまま女の子とエッチをしたことがないんですね。
それが人生を損してるってことなんでしょうけどね。
たぶん、僕からするとクスリを使ってセックスするような人たちと同類なんですけど、合法ってだけで、普段よりも得られる快楽が大きいからそうなるんでしょ?
だからこそ、酒場にいる女の人にはエロいと感じるわけなんですよ。
だってさ、ファミレスとかなら他に女の人が客でいても全員と目が合うってことはないからね。
江戸っ子と喋ってる最中にも目が合うってことは男を物色しているわけだよ。
なんてエロい女なんだと。
そりゃ烏龍茶を飲みながら53歳のおっさんと二人だけで喋ってたらそう思うわけよ。
普段から女のいない職場でクセの強い男たちに囲まれて生活をしている僕からしたら、酒場なんて女の子が確変状態でいるわけじゃないですか。
とはいえ、僕は江戸っ子とサシで喋る為にここに来たのだった。
喋ってる途中で江戸っ子の知り合いらしき店の人がやってきて「悪りぃな来てくれて」と、サービスで注文をしていないキュウリのお新香を皿で持ってきてくれた。
この特別待遇には周囲のお客さんたちからの羨ましそうな視線もあって、僕は初めてきた店なのに常連客のような感覚を味わった。
江戸っ子に聞いたら焼き鳥屋の店主とは幼稚園からずっと一緒の幼馴染みだというのだ。
悪いことも一緒に色々やったりしたと笑っていた。
店内は賑わっていてうるさいので、江戸っ子の普段の声のトーンだと聞き取りにくいので、お互いに声を張ることになるのだが、声を張って過去にやった悪いことを江戸っ子に言わせるわけにはいかない。
もちろん江戸っ子が独身という話についても、その理由や過去の恋愛話などを大声で語らせるわけにもいかなかった。
というか、ほぼ僕がずっと喋っていた。
それでまた気が付いたことがあった。
烏龍茶を飲みながらとか、煙草を吸いながら喋ることは出来るけど、焼き鳥を食べながら喋るって難しいのだ。
焼き鳥をモグモグしている間は無言になってしまうのだ。
二人だけで飲むってのは、会話の間やテンポを考えると思っていたよりも難しい作業なんだと初めて知った。
相手の食べるタイミングに関しては僕は一切何も考えてなかった。
僕は2時間くらい焼き鳥をモグモグする以外ずっと喋っていたのだ。
たぶん僕はもう女の子とはデートで食事をすることが出来ない身体になっている。
僕は聞き上手なので(たぶん)相手が喋るターンには何時間でも合わせられるけど、自分が食べながら喋るってのは水中で呼吸をするような難しさがある。
それでも相手が空腹だって言うのなら、相手の口にカロリーメイトを突っ込んで僕は喋り続けていたい。
これで分かったのは、職場の飲み会とかで「飲まないんだから食えよ」って先輩から言われても、なぜか普段よりも食べれない謎がやっと解けた。
お酒を飲まなくても喋ってるから食べる暇がなかったのだ。
江戸っ子の幼馴染みが僕らの席に注文を取りに来ることもあった。
他にも従業員の女性が二人いるのだが、それが幼馴染みの奥さんと娘さんなのかは聞いてなかったけど。
注文したあとには、串の本数とタレか塩かを聞かれるのだった。
江戸っ子は僕に気をつかっているのか以外と悩むタイプだった。
店員のおばさんの表情も男なんだから早く決めろよって顔をしていた。
僕はグルメではないし、たまに、水と塩とおにぎりだけで生活するような男なのでタレでも塩でも焼いた鶏は美味いなと感じるのだ。
江戸っ子と幼稚園からの幼馴染みだけあって店主の性格はさっぱりしていて、江戸っ子の性格なども熟知している振舞いだった。
注文の味付けに悩む江戸っ子に対して「よし、塩だな。これは塩で行こう!」と幼馴染みが勝手に味付けを決めてくれるのだ。
「おう、これも塩だな。これの塩がうめぇんだよ」と、テンポよく注文を取っていくのだった。
そして僕の顔を見ながら「どうせ食うならよ、うめぇの食った方がいいもんな?」と笑うのだった。
こういうクセの強い店主のようで、実は江戸っ子にも僕にも気を使ってくれているところに男の友情を感じるのだ。
それはたぶん“きしゃぽっぽ”でも意味が通じりゃいいじゃねえかという面白さなんだと思う。
江戸っ子はうちの会社の社長と揉めて、それで僕に迷惑を掛けたからと焼き鳥屋に誘ってくれたのだった。
僕は江戸っ子から聞いた話を社長には伝えてないし、社長から聞いた話も江戸っ子には伝えていない。
僕はそこまで器用な人間ではない。
これはこの人に話したけど、これはこの人には言ってないとか、そのうち途中からわけがわからなくなるから嫌なのだ。
何よりそうなるのが嫌なのは、面白い話を全力投球で喋れなくなるからのだ。
社長からは最初に僕が聞いたのは、江戸っ子が急に辞めたことを現場の職長に僕から伝えてくれと頼まれたのだ。
辞める理由が分からないから江戸っ子に電話をしたわけでね。
社長からはそう言われたけど現場の職長にはまだ伝えてないと。
そしたら江戸っ子が社長となんやかんやで揉めたと、それで社長にまた電話をしてみると、それからまた僕に改めて結果を伝えると言ったわけでね。
そんで僕は社長に電話をして、江戸っ子から電話が掛かってくると思うから出てよと伝えただけなのよ。
そんで、結果的には二人から僕に電話が掛かってきて辞めないことになったと、聞いたわけです。
僕は揉めた内容よりも辞めなくて二人が良かったならそれでいいと思うんですよ。
社長が外国人ってことで江戸っ子も価値観の違いとか戸惑うところもあるとは思うけど。
それで、僕が外国人である社長となぜ一緒に働いているのかを江戸っ子に長々と説明したのだった。
社長と僕の出会いとは、お互いにどん底の状況だったのである。
つづく