江戸っ子から誘われて新橋の焼き鳥屋さんに行ってきたのである。
最初の話では来週の月曜か火曜にしましょうと江戸っ子から言われたのだった。
それが翌日には、よくよく考えたら月曜は祝日だから火曜にしましょうと。
そのつもりでいたのだが、僕がイケメンから殴られそうになってるクリスチャンを助けているのを江戸っ子も見ていたのである。
というか、江戸っ子以外にも僕が仲裁に入ってイケメンと僕が揉めてるのを他の連中もみんな見ていたのに先に帰ったのだ。
イケメンは社長の甥っ子で誰にでも噛み付く狂犬だから関わりたくないのはわかるけど、イケメンの身内である社長の弟や親戚まで止めに入らないとは話にならない。
これがワンマン社長の会社の実態なのだ。
当然ながら仕事でも土壇場になると年上のくせに逃げやがる。
そんで翌日に出社してイケメンの隣で僕が着替えてたら、気を遣った感じでやたらと僕に話し掛けてくるのだ。
そんな子供みたいにいつまでも根に持つようなタイプじゃないからね。
僕は揉めた直後からイケメンとも普通に喋ってるし、クリスチャンだって揉めた翌日もイケメンと一緒に仕事をやってるからさ。
喧嘩の結末は勝敗だけじゃないからね。
イケメンも揉めてる最中に叔父さんである専務がちょこちょこ顔を出すだけで止めようとしないからなと言ってたのよ。
こういうところでナメられてるわけよ。
なぜ相手が怒っているのかを殴られる覚悟で受け止める器が必要なのよ。
逃げた身内の二人は子育ても失敗してるからね。
息子がクスリに手を出して刑務所に入ってたり、20代の前半で7000万を稼ぐような悪さをしてるわけよ。
まぁ僕は独身で子育てを経験してないから好き勝手に言えるのも確かだけどさ。
でも大人なんだから怒ってる相手の言葉とか態度じゃなくて目を見れば殺意の有無くらいは読めるだろ。
息子の反抗期にも間違いなく逃げたんだろうよ。
だって30才を過ぎた僕らが揉めてるのを止めるよりも反抗期の子供を止める方が理性や社会性が未熟だから危ないからね。
そんで選挙の時に電話を掛けてくるような宗教をやってるわけだけど、そんなもんいくら拝んでもあそこで逃げるようなら死ぬまで拝み続けても何の意味もないからね。
他人の宗教に文句だけを言うのはフェアじゃないけど、僕も親が宗教をやってるから親孝行がてら本部みたいなとこに連れられて行ったことはあるよ。
大聖堂みたいなとこで全国から集まった人達と話し合うみたいなやつに参加したけどさ。
僕はちゃんと言ったからね。
「オカルトだと思ってます」と。
もちろんその場にいた全員が瞳孔開いたままドン引きしてたけど、ちゃんと生きて帰ってこれたからね。
喧嘩じゃないにしろ、オカルト発言を受け止める器はあるわけだよ。
もちろん在家のガキ共を論破するだけの苦労は実体験としてそれなりにしてきてるからね。
宗教を語ることがタブーなんてのも時代に合わないんだよね。
ハッキリ言えることは出家したほうが生きるのは楽だからさ。
思想が強いみたいなツッコミで逃げるのも何か違うと思う。
クリスチャンは仕事も話し方も真面目だし、宗教の話になると私達って言い方をするわけよ。
それも理解できるし、色々と話を聞いてみるとクリスチャンはバツイチで高校生になる娘がいると。
娘は別れた嫁さんが引き取ったわけだけど、これも理解は出来るわけ。
自分に置き換えても若い時に結婚して子供がいたら間違いなく僕も離婚してたと思うからね。
娘に対する懺悔はそりゃ父親としては重い十字架になるだろうなと。
そんでクリスチャンから言われたのは僕は聞き上手らしいのよ。
そりゃね言い合いしてるところに踏み込んで行って、誰も殴らず誰も殴られずに平和的にパッピーエンドで解決をしたわけだから聞き上手なのかもしれないけどさ。
なんというかさ、言ってる言葉と目の奥にある本心が違う場合もあるから、ちゃんと聞くってのは言葉よりもそっちだよね。
あんまり話したくなさそうなことは聞かないってのもあるけど。
基本的には人生は冒険だと思ってるから生まれてから今日までの物語には初対面の相手だろうと僕は興味がある。
というか、江戸っ子と焼き鳥屋に行った話はどうなったんだと(笑)
江戸っ子も僕がクリスチャンとイケメンが揉めてるのを仲裁してたのを見てたのよ。
それで彼は江戸っ子ですから、クリスチャンにも声を掛けたわけよ。
優しい先輩だよね、そしたらクリスチャンから飲みに行くなら次の日が休みの週末がいいと言われたから火曜じゃなく土曜日にしましょうかと 。
僕としてもそのほうがいいなと。
で、クリスチャンに土曜日の件を僕から聞いたら、誘われたけどよく考えたら土曜日は習い事をやってるから行けないと。
それなら仕方ないなと。
それでなんやかんで結局は土曜日に僕と江戸っ子の二人きりで焼き鳥屋さんに行くことになったわけです。
つづく