苦労ばっかりしてきたら奇跡を呼ぶ力を体得できた話。 | 天狗と河童の妖怪漫才

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妖怪芸人「天狗と河童」の会話を覗いてみて下さい。
笑える下ネタ満載……の筈です。

僕はイケメンから殴られる覚悟でクリスチャンを助けたわけだけど、あそこでもし僕が殴られていたらどうなっていたのだろうか?



前に職場で一緒だったハーフのやつから聖書を貰って読んだことがあるのだが、僕の記憶だと聖書には確か、このような教えが書かれていた。



“右の頬を殴られたら、左の頬を差し出しなさい”と。



これがもし本当だとしたら、クリスチャンはイケメンから殴られたら逆側の頬を差し出したのだろうか?



このルールというか美学というか、神の教えが正しいとしたら、もしも僕がクリスチャンを守る為にイケメンから殴られたとするじゃないですか。



この時点ではクリスチャンからしたら僕は救世主だと思うのよ。



だけどさ、僕が怒ってそのままイケメンを殴り返したら“んー、今のは神の教えに背く行為なので懺悔もんですね”って、そこだけは冷静に否定されんのかな(笑)



何事も修業で自分に与えられた試練だと思えばいいんだろうけどね。



でも実際には瞬間的な状況下で動けるかどうかが問題だと思う。



助けたクリスチャンから若いシスターを紹介して貰うことにしよう。



聖書についてシスターちゃんと朝まで語り明かしたい。



でだ、揉め事が解決したその日の帰り道、とんでもない奇跡がダブルで起きた。



僕はなぜかパチンコ屋でスロットを打っていた。



最近気付いたんだけどこれは趣味とか依存症の類いというよりも孤独なのが嫌なのだ。



独身でも行き付けの飲み屋とかあれば寂しくはない。



だけど酒は飲まないから他にやることがないのだ。



だけど負ければ通うことも出来なくなる。



パチンコ屋にも久しぶりに立ち寄ったのだ。



実は少し前まで極限まで金が無かった。



僕の勘違いだったのだが、あるはずの金が無くなっていたのだ。



そんな無駄遣いをした覚えはないのだが、無いものは仕方ないと自炊をしていた。



毎日おりぎりだけを食べ続けていた。



職場にはおにぎりと凍らせたペットボトルの水を持参した。



毎日おにぎりだけを食べていたら、おにぎり用のふりかけや具の昆布もなくなった。



それからはごま塩のおにぎりだけになった。



ごま塩がなくなってからは、塩だけのおにぎりと水だけで生活していた。



そうなると、煙草に使うお金がバカバカしくなってきて煙草を吸うのもやめた。



煙草を買うお金もいずれなくなるので禁煙することにした。



みるみる痩せていった。



米と塩と水しか体内に取り入れていないのだから身体は自然と引き締まる。



ここまでストイックな生活は初めてだったので、それを楽しんでる自分もいた。



このお金がないから仕方ないという状況が可能にするストイックさは今しか経験出来ないことだと思う。



そう考えると人生の中では貴重な体験になる。



最初のうちはビタミン不足か栄養不足で肌荒れが出てきたのだが、それを乗り越えたら今度は逆に肌が綺麗になってきたのだ。



身体に悪いものを一切摂取してないからなのかはわからない。



胃袋も縮んでしまえば、おにぎりだけで腹は満たされた。



クスリでもやってんのか?と笑われるくらい痩せた。



僕は生まれつき色白なので、そのせいか目の下のクマが目立つので顔色が悪いと昔からよく心配されてきた。



それに急に痩せたもんだから怪しまれるのは当然だろう。



お米しか食べていないのだからね。



さすがに塩おにぎりだけだと米にも飽きてくる。



帰宅したあとも食料は米しかないので、チャーハンみたいに具なしの米を醤油で炒めたり、それでも米は米だった。



ここまで来ると食欲というものの概念が変わってくるのだ。



飢えや空腹とは違う意識で、動物としての営みとして生きる為に米を食べていることが実感できるようになる。



もちろん職場の人にお金を借りれば給料日までなんとかなる。



だけど、このストイックな感覚だけはこの状況を利用した方がお金で買えない価値があると思った。



身体の中にあるのは米と塩と水だけなんだと考えると、身体の中まで綺麗になっていることを喜ぶのは肉体的な潔癖症だなと思った。



とはいえ幻覚症状ではないけれど、希望的観測で社長が間違えて今月だけ早めに給料が振り込まれてないかとATMで確認をした。



そしたら、無いと思っていた金があったのだ。



自分は一体何をしていたのだろうか?



この食欲を抑えることで研ぎ澄まされた感覚を手に入れたことは間違いない体感としてあった。



その金を持ってパチンコ屋に行った。



長年ギャンブルをやっていると、負ける気がしない波というかツキみたいな感覚の時がある。



その状態では負けることはないのだ。



その状態は年間で数日しかないので、大半は勝てる気がしないのに打ったり、負けてもいいかと思って負けているのがほとんどなのだ。



迷いがなかったのもある。



この状況でギャンブルをやるわけがないという己の感覚に対する逆張りはお金というものの価値や意味を自分の欲望とも限りなく無縁の究極の散財となる。



そしたら二千円で当たったのだ。



負ける気がしない、千円で止めて帰れる、この感覚がずっと続くのならトータルで負けることはない。



もちろん楽しくもない。



ずっと勝ち続けて大金になったらやる意味すらなくなってしまうのだ。



その日の勝ったお金で僕はスロットを打っていた。



まさかこのパチンコ屋で奇跡がダブルで起きるとは思ってもいなかった。



1つ目の奇跡はこの日、スロットで10万勝ったのだ。



今の機種では狙って勝てるような金額ではない。



しかも、職場で揉め事があった日の帰りなので冷静な判断だったかはわからない。



打ちながら僕が考えていたことは、また同じような揉め事が起きたときに他に仕事がなければ守ったことにはならないなと反省もしていた。



今お世話になっている3次会社には請け負いではなく常用で10年近く僕が働いているので仕事が途切れることはない。



うちの会社としては僕に預けた職人だけは仕事が途切れないことにもなる。



常用の現場と請け負いの現場があれば職人を遊ばせることもないのだが、今の現状だと僕が現場から離れられないので他の会社からの仕事を取ることも難しい。



そんなことを考えながらひたすら打っていた。



10万勝つってことは閉店時間まで打ち続けるしか当たりのモードを消化できないくらいの勢いだったので、途中でトイレに行ったり自販機に飲み物を買いに行ったりした。



自販機が置いてある休憩コーナーにはテーブル席があるのだが、ふと、そこに座っていた男の顔に見覚えがあった。



人違いかもしれないので台に戻ろうとしたが、それにしてもあまりに似ていた。



僕が22~23才の頃に勤めていた会社の役員にそっくりだった。



小太りにリーゼントという特徴もあの頃のままだった。



自分でも驚いたけど、僕はその人に声を掛けた。



「あのぅ、人違いだったらすみません、…Fさんですよね?」と。



「え?え?そうですけど…、ごめんなさい。誰ですかぁ?」



この目のまばたきの仕方といい、舌足らずな喋り方といい、間違いなくFさんだった。



満月満月です。お久しぶりです!!」



「えーっ!?満月満月君!!嘘でしょ!?変わっちゃっててわからなかったよ(笑)」



「Fさんは変わらないですね。あの頃は本当にお世話になりました」



僕がFさんのいるその会社に入社した当時は、まだ会社を立ち上げて8年目のベンチャー企業で中古だけど4階建ての自社ビルに引っ越して間もないときだった。



従業員は事務員3人を入れても15人くらい。



それでも年商は10億だった。



もちろんサービス残業は当たり前で終電がなくなれば会社に泊まったり、会社の近くに住んでる先輩の部屋に泊めさせてもらったりしていた。



当時からイカれた彼女と付き合っていた僕は仕事の限界ではなくプライベートの限界で会社を辞めることになった。



僕の送別会に集まってくれた先輩の携帯にイカれた彼女が発狂した電話を掛けたことで主役である僕が一番先に帰ることになった。



みんなの前で別れの挨拶をしながら本気で号泣したのを今でも覚えている。



それと駅まで泣きながら歩いていた僕を同じチームで僕に仕事を教えてくれたり自宅に何度も泊めてくれた先輩のNさんが追い掛けてきてくれて、最後にNさんから別れの言葉と「握手をしよう!」と差し出してくれた手に両手で握手をしたあの感触も僕は忘れてはいない。



あの感触が残っている限り僕は後輩のことは何があっても守ろうと誓ったのだった。



当時の記憶や思い出せなかった上司の名前までも甦った。



こんな偶然が奇跡じゃなかったら何なのだろうか。



僕はこの街に都内から4年前に引っ越してきたのだ。



ここに引っ越すのも僕の親が決めた場所だったので引っ越しの当日に引っ越し先のアパートを初めて見たのだ。



「会社はあの頃とほとんど変わってないけど、休みは今の方があの頃よりも増えたよ。今の仕事はどうなの?戻って来てくれるなら助かるんだけど(笑)それか知り合いとかいるなら紹介してよ」



給料形態としては年齢が手取りだったので今の会社よりは遥かに条件はいいのだが、それは僕だけが今の会社から抜けることになるので抵抗があった。



「それか、満月満月君の会社で受けでやったり出来る?もちろん内容にもよるとは思うけどさ」



これを奇跡と呼ばないでどうする。



この会社はオーナーや施主から直に仕事を受注しているので単価は4次の常用金額とは桁が違う。



社長は「好きな芸能人は誰だ?仕事を頑張れば好きな芸能人とも結婚できる」と真顔で言うくらいのやり手の人なので、ビッグサイト等の展示会の時にはコンパニオンを8人も並べて派手に営業をしていた。



当時の僕はスーツを着て会社で作ったチラシをコンパニオンに手渡す役目だった。



僕は真面目だったのでコンパニオンがチラシの束を手に持ってる間は僕もチラシを配った。



チラシを配ることが目的だと思ったからだ。



それを見ていたコンパニオン会社の社長から僕は説教をされたのだ。



「あのなぁ、みんなコンパニオンからチラシを貰いたいんだよ!お前から貰っても嬉しくないんだよ」と。



もちろん後で部長から「コンパニオンの社長から若い子に説教しちゃったけど大丈夫かな?って謝られた」とのフォローはあった。



いや、今ならそういうコンパニオンを使う目的や効果もわかるけど、当時の若僧からしたら下品な世界にしか見えなかった。



スロットで10万勝ったり、その最中に13年ぶりくらいの偶然の再会が一夜にして訪れる確率って奇跡でしょ。



しかもさっきまで気にしていた他の仕事にも繋がるかもしれないのだ。



ただ、まぁ、最大の問題はだね、当時のイカれた彼女と僕は未だに付き合っているのだ。



Fさんと携帯の連絡先を交換した。



彼女からアドレスを全て消去されたからだ。



「結婚したの?」と聞かれたので「まだ独身です」と、答えるとFさんは身体を反らして笑っていた。



あれからどれだけの月日が流れたのかわからない。



とにかく舐めれる限りの辛酸を舐めてきた自負だけはある。



こんなことが起きるとは夢にも、いや、夢には思ったことなのかもしれない。



だとしたら、シスターと仲良くなりたい。



シスターに聖書を読み聞かせしてもらいながら眠りたい。



奇跡が起きるときに感じたあの不思議な感覚を忘れないようにしたい。