恋愛教室6 | 天狗と河童の妖怪漫才

天狗と河童の妖怪漫才

妖怪芸人「天狗と河童」の会話を覗いてみて下さい。
笑える下ネタ満載……の筈です。

僕は彼女たちからの質問に対して恋愛のアドバイスを色々としたわけだ。



本来の彼女たちの目的は、この地域の借家住まいの住人たちに対するアンケート調査である。



彼女たちは彼女たちなりにアンケート調査を一生懸命やっていたと思う。



俺もアンケート調査には精一杯の協力をしたつもりでいた。



ところがだ、あれから1週間後、また部屋のチャイムが鳴ったのだ。



玄関のドアを開けるとAちゃんが1人で立っていた。



「今日はSりんは来てないんですけど…」と。



ん?



アンケート調査の途中で寄り道でもしにやって来たのか?



ただ、何となく彼女の喋り方に不自然さだけは感じていた。



「それで今日は、私の上司を連れてきちゃいました!」と。



ん?上司?



女の上司なのか?



先輩ではなく上司という言葉を聞いて、Tシャツ姿はまずいなと思った。



「マジで?ちょっと着替えてくるわ」



部屋に戻り襟付きのシャツだけを羽織って玄関先に向かった。



だけど、玄関先にはAちゃんの姿しかなかったので、上司は建物の構造からするとアパートの角に隠れていることになる。



シャイな感じの上司なのかな?と思いつつ玄関のドアを開けた。



Aちゃんの隣に立っていたのは男の上司だった。



いや、ノーセンキューだ!!



まんまとハメられたわ!!



ネクタイを外したクールビズな格好をした細身のイケメン営業マンだった。



Yシャツの袖からは高級そうな腕時計と、袖を留めてるカフスボタンはダイヤのような輝きを放つ ダイヤみたいなダイヤなのか?



超めんどくせえヤツ来たなと。



つまり、彼女たちは利用されてたわけだ。



いや、これがね、普通の女を使った戦略的な営業なら俺も引っ掛かりはしないさ。



だけど彼女たちは違ったわけよ。



まだそういう金に繋がる喋りが染み付いた大人ではないのよ。



そういう部分があって結果的に信頼関係を築けたわけだ。



そりゃ彼女たちも上司に自慢して報告するわな。



上司もお手柄みたいに、よくやった、頑張った、と彼女たちを誉めるわな。



だけど、こっからはビジネスの話になる。



上司の年齢は42才だった。



俺よりも年上になる。



不動産の営業マンとしては脂の乗ったベテランなのだろう。



俺も建設業で10年になるが、それだけ続けていれば技術は嫌でも上達する。



この上司が営業で約20年のキャリアがあるとして、20年間も客と喋り続けていることになる。



それなりの営業スキルや攻略パターンも熟知しているはずだ。



そもそもチャイムを鳴らした時には玄関先にAちゃんだけを立たせて、上司である自分は隠れている作戦が気に入らない。



相手の警戒心を緩める為の戦略だろうけど、それが逆に警戒心を高める。



まぁほんとよく喋るなと。



「どうでしたか?彼女たち、ちゃんと出来てましたか?」



こんなもん俺が彼女たちを誉める前提のフリだろうが!



「彼女たちから色々と聞かされまして、満月満月さんには大変よくして頂いたと…」



この辺りの最初のやりとりではAちゃんも会話に割り込む隙があったのだが、途中からはガチガチの営業トークになったのでそれをまずAちゃんに説明をした。



「君たちの世代と喋るのと、こっちの世代が喋るのは上下関係があるから違うからね」と。



ある程度は彼女たちから僕という人間のデータをインプットして来ていることは話す内容から感じた。



たぶん上司は彼女たちから「可愛いと言われた」という話だけを聞いたのだろう。



それで俺のことをチャラいヤツというキャラ設定になっていたんだと思う。



話の最中に何の脈略もなくAちゃんのことを誉めたのだ。



「僕も今日は来る予定ではなかったんですけど、彼女が頑張ってるんで、それに彼女、可愛いじゃないですかぁ?」



上司の男は表情1つ変えずにサラッと言ってのけだ。



その言葉にAちゃんは嬉しそうに照れながら笑っていた。



いや、こういうのがクソ男なんだわ。



いや、上司のやりたいことはわかるよ。



俺と同じようにAちゃんを“可愛い”と誉めることで俺との親近感を高める目的なのはさ。



だけど俺はそっちのタイプじゃないからね。



上司の男は俺に対して(まぁ100%お世辞ですけどね)という冷酷な表情で共犯関係での共感を求めているのだ。



そこが違うわけよ。



お前の立場は彼女の直属の上司なんだから俺の言った可愛いとは意味合いが違ってくるだろと。



そりゃ女の子は可愛いと言われたら嬉しいだろうけどね。



確かに即座に話を組み立てる速さとしては営業マンだから頭の回転が凄いのは認める。



“可愛い”というワードを使って彼女を喜ばせる文章を作りなさい、なら正解だろうよ。



喜ばせるのが目的ならそうだろうけどさ。



だけどそれはお世辞という世界からは飛躍していない。



俺のはアンケート調査の流れの中で、良い所の項目に“可愛い子の二人組がやってくるところ”と答えて、しかもアンケート調査だから本人が自分で可愛いと書くことにもなるわけで、構造的にはボケとしてのツッコミ所が随所にあるわけだ。



そこには“お世辞”というツッコミでは揺るがないだけのユーモアがあるわけですよ。



それに比べてなんだ“今日は来る予定ではなかったんですけど”って。



彼女は頑張ってるし、彼女が可愛いから来たんだと。



その台詞を笑わずに言える感覚が俺とは違うのよ。



いや、そこまで可愛くねえよ!!



これが言える関係性でこそ積み上げられる言葉なわけじゃん。



俺はただ一緒に笑いたいだけなのよ。



営業という目的、部下を喜ばせるという目的、とにかく目的の為に特化した会話術というのは相手の腹の中が見えない。



上司の男は自分の身体をドラゴンボールの亀仙人 に例えていた。



これもたぶんエロじじい方面への引っ張りだったのかもしれない。



けれど、ドラゴンボール世代としてはその表現の意味がわからないのだ。


どうしてもツッコミを入れるしかないのだ。



「でも、カメハメ波やる時の亀仙人って、めっちゃマッチョですよ」と。



すると、上司の男は答えた。



「カーメーハーメー波ー…って、やる時の亀仙人じゃないです」



はあ?



カメハメ波を手振り付きでゆっくりとやりながら思考を再構築する時間稼ぎの技術は称賛に値するよ。



クソつまんねえけどな。



続く