夜空の友13 | 天狗と河童の妖怪漫才

天狗と河童の妖怪漫才

妖怪芸人「天狗と河童」の会話を覗いてみて下さい。
笑える下ネタ満載……の筈です。

人との出逢いで変わるものがある。



それと、変わらないものもある。



あれから俺は友達に忠告をした。



旦那の顔や名前を俺が知ったことについて友達は少しだけ驚いてはいたが、そのことについて話を続ける必要はなかった。



毎晩のように風俗での仕事を終えた友達を駅まで車で迎えにくる旦那、それを俺が隠れて見ていたと友達は思ったのだろう。



「駅まで来てたの?」



「行ってないよ。もちろん探偵も使ってない。ヤ満月ザ相手に探偵は使わないよ。金で動くやつは金で裏切るからね」



満月ザが用心深いのは知っている。



住む場所やその間取り、セキュリティにはとにかくこだわる。



彼らが狙われるのは金ではなく、守りたいのは自分の命だからだ。



友達は旦那と大阪に向かった。



旦那が本職に戻ることになり、親しい幹部と会って盃の許しを貰うためだという。



友達は「外様ってわかる?」と偉そうに裏社会の専門用語を俺にたびたびぶつけてくる。



言葉の詳しい意味はわからなくても文脈からのニュアンスで言いたいことはわかる。



外様大名のように他所から急に殿様がやってきても元からいる家臣は面白くない。



友達の旦那は14才からその道で生きてきて、現在は50代後半なのだから当時の親しい仲間が幹部になっていてもおかしくはない。



ただ、本職に戻るには看板が必要になる。



旦那が気にしているのは外様になることだという。



それと看板を使って稼ぐからには上納金が必要になる。



友達は旦那の運転手として大阪まで同行した。



幹部たちとの食事に同席した話や、その中には嫁さんが子供を連れてきていたといった。



その嫁さんは友達と同い年で、つまり俺とも同い年になる。



友達は旦那連中との話し合いの席からは離れて、その同い年の嫁さんや子供たちと遊んだ話を楽しそうに俺に語っていた。



子供が関西弁を喋るのが可愛いと。



俺が友達を天然だと感じる一番の理由は、地獄でも遊べるその感覚だ。



地獄に対する適性というか免疫というか、子供の頃からずっと地獄だったと言われたら何も返せないけど。



それと友達が大好きな“みんな”っていう連帯感がそこにはある。



友達は肩にタトゥーを入れている。



それは普通からすると異端である。



しかし、異端の世界ではそれが連帯感となる。



マイノリティとマジョリティ、善と悪、光と影、イジメっ子とイジメられっ子。



いや、違うな。



それらを傍観する者たちだ。



自分と同じ境遇の、しかも同い年の極道の嫁さんとの出逢いは友達にとって圧倒的な味方の出現だったと思う。



友達はタトゥーやパイプカットにしても言わないだけでみんなやってると俺に言うのだ。



俺が気にするのはその内容についてなのだ。



俺はタトゥーを入れなくても愛を表現できるし、パイプカットしなくても女を満足させる自信がある。



俺の職場には南米で育ったハーフのやつがいる。



そいつはタトゥーを入れてるし、パイプカットもしている。



でも、そいつはタトゥーを自虐的に笑うし、パイプカットについてもちゃんと理解をしていた。



中国人の彼女と付き合ってた時に、中国の仙人みたいな顔をした不気味な仮面のタトゥーを肩に入れたことを今では後悔して手で隠して笑っていた。



これはハーフで男だから笑える。



何より彼が今の奥さんと幸せだからだ。



彼がパイプカットした理由も子供が二人いるのでこれ以上欲しくないと。



それと奥さんがブラジル人なのもあるらしい。



ブラジルの女性は世界で一番性欲が強いそうだ。



毎晩のようにセックスをするのが当たり前で、それを拒んで奥さんに浮気をされたらそれは男が悪いという価値観なのだ。



嫁とセックスをしなくなったら離婚になるらしい。



だから彼は仕事が終わっても家に帰りたくない日もあるという。



家の近所の公園でブランコをこいで時間を潰すと。



外国人の愛情表現というのがいかに大変なのかはわかる。



彼らは仕事の休憩中でも奥さんに電話をかけて愛を囁く。



それが女の求めている本音なのかもしれないけど。



でも日本人の感覚からするとちょっと違う。



というか、この日本人というルーツに逃げられる、帰属できる国があるから言えてるだけなのかもしれない。



友達の旦那は日本人ではないので、ここの意識は間違いなくあるはずだ。



パイプカットにしても、もしかしたら俺が知らないだけで本当にみんなやってるのかハーフの彼に聞いたことがある。



彼も俺と1つしか年が違わないので、物事を世界標準で考える判断材料になる。



彼もまた、「みんなやってる」と答えた。



俺は驚いて「本当に!?」と彼に聞いた。



彼は真面目に答えた。



「やってるのはみんな、バカ野郎だよ(笑)」と。



言わないだけでみんなやってる。



言葉に惑わされることがある。



彼は片言の日本語なので、言葉というよりもリズムや感覚でお互いの気持ちを確かめ合うことになる。



俺が「本当に!?」と聞いたことで、俺が知りたい本当の意味を彼は理解したのだ。



パイプカットをしている人数ではなく、どんなやつがやっているかということだ。



言わないだけでみんなやってる。



テスト勉強を「全然やってない」とか言って、いい点数を取るやつはいる。



それを陰の努力と称えるか、裏切り者と感じるかで違う。



「お前、隠れて勉強してんじゃねーかよ!」と言える関係かどうかの違いだと思う。



お互いの距離感を縮めるのはユーモアだと思う。



友達の旦那はハゲているのだが、それで最近になって旦那がネットで育毛剤を購入したらしい。



その育毛剤の存在に友達は気付いているのだが、そのことを旦那に言ったら旦那は自分を保っていられなくなるから言わないと笑っていた。



そういう男と付き合ったり結婚するのは逆に言ったら楽かもしれないが、それは面白くないと思う。



誤解や勘違いも勝手にしている可能性だってある。



友達は今の旦那にしても元カレにしてもプライドの高い男を好む傾向にある。



強い男が好きだという。



友達は俺のことをビビりだとか泣き虫だと言って笑う。



それは本当のことだから仕方ない。



俺は幽霊とかお化けの類いが特に苦手なのだ。



子供の頃に過呼吸のような感じに1回だけなったこともあった。



そもそも友達との距離感が縮まったのもそれが原因している。



個室で俺はうつ伏せの状態になっていた。



俺に接客していた友達は途中で蒸しタオルか何かを取りに部屋を出て行った。



俺は接客中もずっと喋りっぱなしだったので、部屋で一人になっている間はスイッチをオフ、つまり気を抜いていたのだ。



俺は普段はメガネを掛けているがリラックスする時には外していたのだ。


友達は一旦部屋を出たが、飲み物が空になっていたからそのグラスを取りにすぐに部屋に戻っていたのである。



旦那に気を使う生活から体得した技術なのかは知らないが、友達は歩く足音が全くしなかったのだ。



俺は完全に一人で部屋にいると思っていた。



それで何気なくうつ伏せのまま顔を上げたら人影が見えたのだった。



メガネをしてないから姿はボヤけていたが、完全に“出た”と思った。



俺は200%の声で絶叫してしまった。



慌ててメガネを掛けるとそこにはお盆に乗せた空になったグラスを持った友達がこっちを見て怯えて固まっていた。



そこから友達はしゃがみこんで大笑いをし始めたのだった。



こんなに笑ったのは久しぶりだと、笑い過ぎて腹筋が痛いとずっと笑っていた。



俺としてはこんな不本意な形での笑いなど取りたくはなかった。



200%の絶叫というか男の悲鳴というのは、どう頑張っても平然を取り繕うことは不可能だった。



友達からすれば俺には男らしさってもんが何もなかった。



女のイメージする男らしさってのは自分の理想とする父親像なんだと思う。



お父さんが大好きという女はろくなもんじゃない。



そうやって幼い頃から娘を洗脳する父親もろくなもんじゃない。



家庭で母と娘から非難されるくらいのダメ親父が実はまともな父親なのである。



友達はお父さんが大好きだと言う。



旦那の為じゃなく、お父さんの為に私は頑張って働いてると。



お父さんが死んじゃったら私…と泣きそうな顔を見たこともあった。



家族は無償の愛だからと言っていた。



社会人になってみて自分の親に対して降参して白旗を振るか、自分の親の弱さを知ってしまうかの違いかもしれない。



友達の父親もパイプカットをしていたのだ。



その時点で普通ではない。



ここの家族の貞操観念は、ちょっとよろしくない。



友達はお父さんのことが純粋に好きなんだろうけど。



自分が世界の中心ではなく、世間からどれだけ離れているかその距離感を教えることも親の役割だと思う。



父親がダメでもそこに母親のツッコミがあれば、子供は世間との距離感がわかるはずだ。



友達の両親は友達が旦那と結婚することには反対していた。



それから数年後に友達の両親は熟年離婚することになった。



友達は旦那のことが恥ずかしくて本家の集まりには連れていけないと言っていた。



本家とは大人の話し合いをする場なので、あまりにも愚かな身内は絶縁されてしまうのである。



無償の愛とは血の繋がった家族だけではないのだ。



友達の父親の本家は大きな企業の創業者なので、従業員やその家族の生活も背負うことになる。



友達の父親も定年まで会社の役員だったので、よほどのことがなければ家族がバラバラになるようなことにはならない。



友達の旦那が義理の父親をおっさん呼ばわりするのもそこだと思う。



旦那は自分の父親の顔も知らないという。



恵まれた環境で育ってちゃんとした家族を持った父親が、老後の生活は娘に頼ることしかできないことが情けないと感じたはずだ。



俺も友達の父親に対してはボロクソに言ったことがある。



だけど、友達からすると旦那も同じだと。



「あの人も綺麗事を言うからね」と。



もちろん俺に対しての「あの人“も”…」ってのは言い方でわかるけどさ。



俺は友達に言ったことがある。



満月満月ちゃんが旦那を動かしてる部分もあるよね」と。



友達は話の続きが嫌だったのか「ごめん、仕事になったから、また後で電話するね」と言って急に電話を切った。



旦那が本職に戻ったらもう手遅れだ。



漫画を読まない、読み方すらわからないと言ってた友達が、漫画のジャリンコチエを読みたいと言っていた。



それは大阪での影響だと思う。



つまり、親しくなりたい、もしくは大阪での価値観を共有したいという気持ちの表れだ。



そんなもん同世代で読んでるやつなんか俺は知らない。



そんな大阪人のバイブルかどうかもわからない漫画をいくら読んでも「舐めとんのか!」と突っ込まれると思う。



それに大阪で育っておもんないやつは相当ヤバい。



同世代ならなおさらおかしい。



笑いの取り方で判断するしかない。



いや、それすら誤解するやつもいる。



友達がそうだ。



旦那の第一印象は関西人のおもろいおっちゃん。



いやいや、あのビジュアルなら相当おもろないと辻褄が合わんぞ。



友達は騙されちゃったからとボヤいていたけど。



怖そうだから周りの連中も雰囲気で笑わざるを得ないだけだ。



嫁を風俗で働かせた金で育毛剤を買えるハゲは、心がハゲている。