友達は旦那と近所に住む小学生の男の子と一緒によく釣りに行っていた。
その男の子は小学校4年生くらいだったと思う。
名前はちゃん。
実はこれ、俺が普段職場で呼ばれてる名前と一緒なのよ。
だから友達は俺のことはくんと区別して呼ぶようになった。
だけど、俺としてはちゃんに反応しちゃうわけ。
友達が「ちょっと聞いてー、ちゃんがさぁ…」
小さい方のちゃんね、と確認をしてから話を聞くようになった。
そのちゃんの話がやたら頻繁に出てくるので、ちゃんはほんとは友達と旦那の子供なんじゃないか?と真面目に聞いたくらいだった。
旦那にはパイプカットさせてるからそれはないと。
だけど日曜日ともなると、そのちゃんが友達が旦那と寝てる寝室まで勝手に上がって、釣りに行こうよと起こしにくるのだと言った。
そもそも友達は旦那と仲が悪く、口も聞かないらしいのだが、旦那とは同じベットで一緒に寝ているのだ。
しかも友達は夏場の寝る格好は上がTシャツ1枚で下はTバックだけだと。
夫婦だから気にしないのかもしれないが、俺の感覚だとなんかおかしいと感じた。
俺の両親はある時から寝るときは別々に寝ていた。
俺の記憶では兄貴が自分の部屋を与えられてからは、母親は襖を隔てた隣の部屋で寝ていた。
俺は父親と布団を並べて二人で寝ていたのだ。
母親は遅くまで起きて本を読んだりするのが好きだったのと、単純に当時はきわめて夫婦仲が悪かった。
兄貴の部屋は1階だったので、兄貴がいなくなってからは両親の取っ組み合いの喧嘩を止めるのは俺の役目だった。
とにかく夫婦とは対等なんだということを母親はずっと吠えていた。
それでも俺を連れて1ヶ月くらい実家に里帰りしたこともあった。
ストレスで肝臓を患い3ヶ月くらい入院したこともあった。
ずっと寝込んでいて病院にも行かずに我慢をしていたのだが、俺の一言で病院に行くことを決意したらしい。
朝起きて「お母さん、目が黄色い!!」と叫んだ場面を覚えている。
頑固といえばそれまでだが、味方のいない長男の嫁としては立派だったと思う。
そんな父親も仕事を休んだ記憶は1度もないので、大人になったら休まず働くのが当たり前だという感覚になった。
親が離婚しそうだという雰囲気を子供は感じる。
小学校で他にも親が離婚しそうな子たちと愚痴を言い合った記憶がある。
そういうコミュニティがそのまま不良に繋がることもある。
自然な流れとしては片親だとバカにされないように突っ張るから、バカにされない形態である不良になるのだ。
頭が悪いやつも同じ理屈でなる。
友達夫婦と俺の両親を比べてもあまり意味はないが、友達は嫁として旦那と対等ではないと感じた。
嫌いな相手と一緒の布団で寝たいとは思わない。
たぶん、友達の考えでは喧嘩をしても女から一緒の布団で寝てやれば男の怒りは鎮まると計算しているはずだ。
何しろ友達の旦那は夫婦喧嘩をして友達が泣くと「オレは女の涙は信じない」と、「泣き止むまで帰ってくんな」と怒鳴るそうだ。
同じ男からするとオカマみたいで笑ってしまう台詞なのだが、これは要するに、「泣くなよ」「落ち着いたら帰ってこいよ」と言ってるのだ。
つまり、かなり面倒臭い旦那である。
そんな旦那が近所の小学生の男の子を連れて釣りに行く光景は何だかほっこりする。
子供好きなんだなと。
友達の旦那には前の嫁との間に子供が二人いるから子供好きだとは俺は認めないけど。
嫁である友達とは年の差が20才だし、それで近所の子供を連れて釣りに行くのは、精神年齢が若いのか幼いのか。
悪そうだけど子供好きなオッチャンというイメージにはなる。
ただ、友達としてはヨソの子を預かる訳で、ちゃんを叱ることにも悩むと。
旦那がちゃんに耳打ちして、そしたらちゃんが近付いてきて友達に膝げりを入れたと。
女の子には優しくしなきゃダメでしょと注意したと。
俺の感覚だとちゃんは友達と旦那の上下関係を間近で見ていて、こいつは膝げりしてもいい、そういう存在だと感じたんだと思う。
俺と同じ呼び名だけど、こいつはクソガキだなと。
そもそも男の子が近所のオジサンとオバサンとばっか遊んでることがおかしいと。
友達と遊んだ方が絶対に楽しいはずだと。
友達はいると。
釣りが好きなんだと。
お年玉も全部釣具に使ってると。
いや、それもおかしいと。
俺らもビックリマンシールは集めたけど、釣具を集めるのはおかしいと。
ビックリマンシールは中身は何が出るかわからない。
釣具のコレクションはただの自慢でしかない。
そもそもそれは釣りじゃない。
俺が感じたのは3人が日曜日に釣りに行ってる絵だけだ。
釣具をコレクションするよりも面白い釣りのルールやアイデアが遊びとして感じられなかった。
あと思うのは、ドライブと同じように釣りをしてる最中は面と向かって話をしなくても済む。
相手の目を見ないで喋ることになる。
悩みがあったり、そういう空気ならそれもまたいいけど、なんか気色悪いなと。
子供が平気で寝室まで勝手に上がってくのは違和感を感じた。
小学生だった俺も幼馴染みのやつの親が寝室に隠してあるエロ本をそいつと一緒に見に行った記憶はあるが、そこは他人が入っちゃいけない空間だということは理解していた。
で、そうこうしてたらちゃんの両親が友達の家に挨拶にやってきたと。
実はちゃんが親の財布に手を出したと。
友達はちゃんがお年玉だと言ってたから、でも高価な釣具が増えてることに気が付かなかった私も悪かったと。
それで暫くはちゃんは外出させないことになったので、たぶんもう会えなくなったと。
友達は自分を責めていた。
もう会えない寂しさもあるけど、子供をちゃんとしつけることが出来なかったと。
やっぱり私には子育ては無理だと。
あまりそのことについて話さない旦那にも、「聞いてるの?ちゃんは私たちの子供みたいなもんなんだから」と話し合ったと。
俺の感覚からすると、絵に描いたようなクソガキでしかないと。
親の財布には誰だって1度は手を出すと。
そしたら金額が桁違いだと。
合計で6万だと。
いや、そこまで気がつかない親も悪いと。
金の力で釣具をコレクションするのは課金ゲームみたいなもんだと。
学校やクラスで面白いやつとか、頭いいやつとか、走るの早いやつになれなかったやつだと。
それならそこで、釣りが上手いやつ、魚に詳しいやつ、釣りが好きなやつに自分がなるか、そういうやつに対して純粋に、スゲェなと憧れなかったわけでね。
金の力で簡単に手に入るスゲェは、男の子からするとスネ夫やトンガリだから普通は恥ずかしくてそこまでやらない。
たぶん、旦那との釣りは遊びとしても面白くないのだ。
そんで、釣具のコレクションに対して女である友達がスゴーイと言ったのだろう。
友達はそこは否定するので、ちゃんの同級生がスゲェと言ったんだろな。
それで話が終わらなかった。
友達はちゃんとの別れ際に何と言えばよかったかな?と、まだ悩んでいた。
そんなのは子供からしたら楽しかった思い出とお別れの天秤になるのだから、反省は本人次第になる。
悪いことしたらオジサンとお姉ちゃんに会えなくなるよりも、あの楽しさが味わえない方が辛いのが子供の感覚だ。
そういうシーンや絵じゃないのよ。
そしたら友達は驚愕の一言を放った。
「わたし、あの時、泣けばよかったかな…」
おいおい、ウソ泣きかよ。
それは絶対に違うと。
悪さした子供は大人の涙に何も思わない。
俺は担任の女の先生が大嫌いで小学校を仲間3人と抜け出して大問題になって、夜中に捕まって最後、夜の教室で先生と3人だけで話した時に先生は涙を流していた。
正直、(勝った)と思っていた。
クソガキというのは大人の考えるピュアな子供じゃない。
そんな当時の俺よりもクソガキに対して泣く必要もない。
しかもウソ泣きとは許せない。
どうせこれも旦那のアドバイスだろ。
お前は女なんだから泣けやと。
それまでの接し方の流れでしか感じないのだから、友達が泣いて反省するガキなら最初から悪さはしない。
膝げり入れられる存在のお姉ちゃんが泣いても何も感じない。
とにかくウソ泣きで子供の感受性を操作するのはよくない。
俺の見立てに狂いはなかった。
ちゃんが友達の家に忘れ物を取りにきたそうだ。
そして、その時に友達の旦那の財布から5万抜いて帰ったそうだ(笑)
あとで気が付いた旦那は怒り狂ったと。
警察につき出すと。
こういう時だけ警察頼るなよ。
ちゃんの両親が頭を下げに来たが、その横でちゃんは笑っていたと。
友達が言うには、ちゃんの父親は営業マンらしくて、職業病かもしれないけど頭を下げに来てるのに時おり笑顔を見せたと。
親子ってそんなもんだろ。
旦那と友達との擬似親子も悪い部分で共鳴しちゃったのかもね。
それから友達と旦那はちゃんの友人二人を連れて釣りに行くようになったと。
旦那のこの采配も間違ってる。
ちゃんへの当て付けのようだが、相手は子供でありクソガキの仲間。
それで、ちゃんの仲間の一人が旦那に言った言葉を聞いて旦那は再び激怒したと。
「アニキだから言うけど…、がアニキのこと『うざったい』って言ってたよ」
友達は俺のちゃんに対する感想を待っていた。
俺は答えた。
「2つの意味で許せないね」と。
友達は二つ目がわからない顔をしていた。
「旦那の財布から金を盗んでおいて『うざったい』は許せない、だけど、『アニキだから言うけど…』って、仲間を売るのは男としてどうなの?」
友達は告げ口した子を庇うようにその子はそういう子なのと言った。
登場人物全員がしゃらくせえと感じた。
旦那がやるべきことはちゃんも一緒に誘うことだ。
子供の想定外のことをするのが、元子供である大人の役割だ。
(なんでオレはお金を盗んだのに、また釣りに誘うの?)
(勝手に連れてってうちの親から怒られないの?)
(はアニキのこと嫌ってたのになんで誘うの?)
(がアニキの財布から金盗んだのバレたんじゃなかったの?)
遊びに年齢の差は関係ない。
そして、どんなことがあったとしても、仲間は仲間なのだ。
が大人になったときにでも気が付けばいい。
この世界には自分がどんなに悪さをしても裏切らない仲間もいたんだと。
クソガキの仲間はやっぱりクソガキで、そのクソガキ共にアニキとか呼ばせてる旦那は男としてこっ恥ずかしい。
旦那はクソガキの親を呼び出して怒鳴り付けたそうだ。
そんな旦那もまた少年時代に信じられる仲間がいなかったのかもしれない。
そして信じられるのは暴力と金の力だと。
旦那は嫁の心境の変化に気がついたのか、嫁を手なずけた金の力を取り戻すべく、再び本職に戻ると言い出した。