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ペヤング復活祭。
蓋をあける。
あれ?
俺の知ってるペヤングじゃない。
蓋が二重になってるじゃないか!
カヤクを麺の下に隠せないじゃないか!
ここでハッキリさせとこう。
ペヤングの旨さを語れるのは独身男だけだ。
結婚してるやつが言う「ペヤング美味しい」には、『“たまに食べるから”美味しい』という加点評価が加わっているのである。
独身男にとってのペヤングとは、「極限まで、ふやかして満腹感を得る為に食べる食品にしては美味い」という、給料日前のご馳走なのだ。
虫が混入したとか騒いで製造中止になったニュースよりも、ペヤングが消えたことで給料日前の必勝パターン、守護神ペヤング様による不敗神話が崩れた去った独身男たちを虫、いや無視せずにニュースとして取り上げるべきじゃないか?
ペヤングの思い出が甦る。
小学校に入学して初めて友達が出来た。
その友達の家に遊びに行くことになった。
小学校までは子供の足で40分かかった。
その友達の家は小学校から更に10分くらい先にあった。
1時間近く歩いて遊びに行ったことにある。
母親はそんな俺に手土産を持たせた。
ペヤング2つ。
今さらながら、あり得ねえだろ?
息子が初めて友達の家に遊びに行くのに、ペヤング持たせるか?
当然ながら、オヤツとして友達のお母さんが作ったペヤングが出て友達と食べた。
友達のお母さんは、一体どんな気持ちでペヤングを湯切りしたのだろうか?
子供の友人関係に不安を感じなかっただろうか?
たぶん、俺の母親的には、【ペヤング=イケてる】みたいな感覚があったのだろう。
俺の小学校は町中にあって、俺らみたいな近所が田んぼだらけの田舎の連中もそこに通っていたのだ。
息子が町中に住む友達の家に遊びに行くので、田舎者が背伸びした結果、ペヤングを2つ手土産として持たせたのだろう。
その友達とは小学校時代特有のクラス替えで別れると遊ばなくなるパターンで疎遠になっていった。
彼とは中学で別々になり高校で再会することになった。
彼の両親が駅前のコンビニを経営していて、彼もそのコンビニでアルバイトをしていた。
今回の騒動で彼が店長となったコンビニの棚からもペヤングが消えたと思う。
そして、再びペヤングが並ぶことになる。
その時に、彼は二人で食べたペヤングを思い出すのだろうか?
彼のお袋さんも元気にしているのだろうか?
友達の母親に作って貰った料理の記憶だけは一生消えることのない思い出になる。
例えそれがお湯を注ぐだけだとしても料理として愛情を感じたことに、あれから28年経ったことが記憶として証明している。
おかえりペヤング。
ありがとうペヤング。
これからもペヤング。