総合型選抜とは何か? | これでも元私立高校教員

これでも元私立高校教員

30年以上の教員指導を通じて、未来を担う子供たち、また大人の思考などをテーマに書き綴っています。
日本史と小論文の塾を主宰し、小学生から大学生、院生、保護者の指導をしています。

大リーグの大谷翔平選手が大リーグ史上初の50本塁打、50盗塁に迫っている


「総合型選抜は特別な資格とか実績がないと、特に難関校は難しい」


こんなふうに間違った情報を話す人は少なくない

しかしそれは完全な誤解だ



大谷翔平選手のような、つまりは特別な実績があれば良い


でも、たとえば「優しさ」や「多感」だって凄い実績である


「そんなありきたりじゃだめた」


またまたこんな風に言うテンプレート型の人がいる


大切なのは、その個性を大学にどう伝えるかである

生のままでは、部活動がどんだけ優秀でも伝わらない。

そこには良き指導があればどの分野でも指導できてこそ、総合型は戦える


その指導とは志望理由書や面接も含めて極めて学問的である事が求められ、なおかつ指導者自身がクリティカルであり、ロジカルである事が求められる


つまり、「ついで」指導や、学生さんのアルバイト指導では極めて難しい

ましてや、誰かの模倣やネットで調べた書き方なんかで指導するなんて論外だし、そんなことはしてはならない

全て自分で生み出すものだ。


それができない人が指導するとテンプレート、コツになる



私は嵐のGUTS!が好きだ

一人一人がもっと自分の個性を信じて、嵐の中を突き進んで欲しい

夢と希望のパレードだ


テンプレートなんてつまらない正解に頼らず、自分だけの世界を作ろうじゃないか


大人もみんなテンプレートに頼る

先生のほとんどがテンプレートが大好きだ


小論文指導や志望理由書、指導の外部業者も、テンプレート、型とコツばかり


そんなテンプレートは、個性の尊重などなく、高校生を馬鹿にしてる


でも若い高校生たちが、そんな過去の経験則(テンプレート)に基づいていたら、新しい時代を作れない

まるで昭和時代だ。


坂本龍馬だって、織田信長だってみんなそうじゃなかったはずだ


個性っていうのは全員にある

しかもそれぞれが輝くようにある

特別なものがないとか、総合型が難しいぞ、なんていうのは人を馬鹿にしてる


もちろん、私には特別な能力もないしすごい実績だってない

だけど、今のすべての指導者とは違うし、学校の先生とはすべて違う

だから、ネットの情報やテンプレートに頼る理由もないし、模倣する理由もない


それを知っていることが、私の個性であり、最大の長所だ

だから、総合型の指導や志望理由書を一緒に書き、高校生が想像もできない世界に一緒に行くことができる


こんな言葉は理解できないかもしれないけど、、、


あなたは高校生であっても、大谷翔平と同じくらい、個性的で素晴らしい才能を持っている

だから、自分に挑戦する気持ちがあって、さらに一年の時間があれば、どんな人でもどんな大学にでも可能性がある

それが総合型だ