2017年12月1日 日本テレビ「スッキリ」
AIが進化している。
AIが進化し、より便利になると、
「AIに仕事を奪われるぞ」
そういった声がどんどんと教育現場でも大きくなる。
確かにそうかもしれない。
しかし、
例えばだが、
エルメスやコンラッドの接客を全てAIがするようになると、そこにお客さんは行くだろうか?
高いカバンを購入し、高い宿泊料金を払うだろうか?
つまり、そこにプロフェッショナルな接客がある前提を持てば、むしろ、人間の接客の方が高級になる可能性も十分にある。
今日のテーマはそこではない。
学校で何らかの宿題や課題が出ると、現代の高校生の多くは、AIを使う。
もちろん、社会人だってメールの返信や業務上の文章を作るときにAIを使うので、そういう意味では同じかもしれない。
それによって作業を効率化し、なおかつ良い評価を得る、それだけではなく、生産性が高まり自分の時間を持てるようになるかもしれない。
良いこともたくさんある。
一方で、
AIによって、いきなり弁護士の仕事が失われるわけではない。
最初は、有能な弁護士が、業務の一部をAIに託し、効率性を上げていくであろう。
本来は、その業務の一部と言うのは、若手の弁護士を雇用して行っていたかもしれない。
それがなくなるのである。
すると、若手の弁護士は「修行」の機会を得ることが困難となってしまう。
つまり、弁護士になったスタート時点から完成されていなければならない。
まさにスタートアップだ。
すると「修行」が学校になってしまう。
ところが、そこで考えることなく、AIを使ってレポートを作ってしまったり、AIを使って志望理由書を書いてしまえば、論理的思考を積み上げる「修行」の機会を失い、将来的な人材になれなくなる。
これがAIによって、仕事を奪われると言うことではないか。
私は今年、指導をすることで、様々な学校に通う50人の高校生に聞いてみた
「チャッピーを使って先生ちょろまかしてる?」
回答は、1人を除いて、全員がチャッピーを使っていた。
また、国立大学の医学部の生徒が答えた
「レポートはみんなAIです」
AIは便利だし、生産性を高める。
しかし、本当に「修行」の機会を無くして良いのだろうか。
AIを超えた人材になりたくないのかなとちょっとだけ心配になる。
そんなことで私は、生産性は低いけど、高校生と一生懸命に対話して、テンプレートも使わず志望理由書を作って、「伝える」と「学問」を目的とした論理的思考を育てるために小論文指導をしている。





