静かな湖と鬱蒼とした森の国、そして最高の福祉制度で暮らしの余裕と平和が保障された国、フィンランド。 しかし、そこは一方ではアルコール中毒者と高い自殺死亡率で有名な国でもある。 そのように人生の幸せは外部環境さえ良ければ自然に整う生活必需品ではないようだ。 むしろそれは、ひょうたんの中で一握りの光を抱いて、笑いと希望でその姿を現わす魂の五色ではないかと思う。 ここで紹介しようとするカモメ食堂のメニューがそれだ。 ここで一緒に彼らのsoul foodが伝える、おいしい笑いと希望の醍醐味を味わうことにしよう。
鴨目食堂のオーナーは幸恵(小林聡美)という名前の明るくてしっかりした性格のお嬢さんだ。 交通事故で亡くなった母親に対する悲しい思い出を抱いてフィンランドに渡ってきた彼女は、一人で小さな食堂を一つオープンする。 ぜいたくさんには見知らぬフィンランド、しかし、そこの人々にも同じく贅沢な食堂は近付くのを憚る慣れない空間にすぎない。 しかし、贅沢には窓の外に通り過ぎる冷笑に満ちた通行人たちに、変わらない明るい笑いを贈る。 彼女が伝えるカモメ食堂の初メニューだ。
ついに幸恵は開業後初めての客としてフィンランド青年トミーを迎える。 初めてのゲストとして彼女の大切なリストに名を連ねたトミにとって、彼女だけのルアクコーヒーは一生無料だ。 自転車に乗って通うトミはいつも一人でカモメ食堂を訪ねる。 そんな無料コーヒーの客にも贅沢にはいつも笑顔と挨拶を忘れない。 彼女にお客さんのトミは植木鉢に植えておいた小さな希望の種だ。
一日の日課を終え、彼女はトミが聞いた漫画映画「トクスリオ兄弟」の歌詞を探して本屋に向かう。書店のコーヒーショップで、さちえは偶然、日本人旅行客「みどり」という女性に出会う。 とんだ表情にどこかに痛みがあるように見えるみどりさんに、彼女はいきなり鷲のオ兄弟の歌詞を聞いてみる。緑は荒唐無稽な中、直接歌を歌いながら歌詞を知らせてくれる。ワシ、オ兄弟の歌詞をすべて覚える人で、悪い人はいないという贅沢には、特に行き場のないみどりを自分の家に泊まらせ、みどりはカモメ食堂の新しい家族になる。もうすぐ彼らには鴨目食堂の新しい家族が集まってくる。雅子という名前の彼女は20年間面倒をみていた病気の両親を送り出し、明確な人生の目的もなくフィンランドときた女性だ。ただテレビに出ているフィンランド人たちの余裕に魅了され、フィンランドに来たのが理由なら理由だ。彼女がカモメの新しい家族になったきっかけは、フィンランドに来たその日、空港で失ったカバンのためだった。 かばんの中に何が入っているか分からないが、そのかばんはもしかしたら忘れた彼女の人生の熱情だったのかしら? なくしたかばん、なくした人生の目標と熱情を見出すまで、まさこはカモメに留まることにした。
穏やかに流れたカモメ食堂に、一つの葛藤が映画を頂点に達させる。 毎日窓の外で店の中を開けて見ていたフィンランドの女性リサがその葛藤の主人公だ。 彼女の話は、自分から離れた夫と可愛がっていた子犬の死にある。 そんな彼女は辛さに酒でさまよう。 マサコとミドリは、そのような彼女の姿から、フィンランドの真ん中で見つけた人生の悲しみと疲れ、そしてそれを慰めてくれるカモメ食堂の望みを予感する。 ついにリサの彷徨は去っていった彼女の夫が帰ってきてハッピーエンドになり、カモメ食堂はいよいよコーヒーと一緒に食べるシナモンロールパンを披露してから魔術のようにお客さんが込み始める。 「明日終末が来たら、パーティーを開いて愛する人々を招待しておいしい食べ物を分けて食べたい」という彼女の心は、カモメ食堂のメニュー一つ一つに隠しておいた生の真実であり、その本質としての愛である。
映画は、むら陽子の小説「カモメ食堂」を原作にした扇上直子監督の作品だ。 彼は田舎の少年たちの素朴で美しい生活を淡々と描いたデビュー作 '床屋よしの'でベルリン国際映画祭子供映画部門特別賞を受賞した経歴がある。本作品'カモメ食堂'は日本独立映画祭受賞作として東京と横浜の2つの劇場で上映されたが、口コミで広がって150つの映画館で上映される大きな人気を享受した楽しい話がある。映画全般に彩られた汚染されていない光、平面のスクリーンの向こうに伝わるおいしい食べ物の香り、そして俳優たちの童話のような表情は、大きな起伏なしに流れる映画のナラティブに愉快な生命力を吹き込むのに十分だった。 そのため、映画が終わる頃、私たちは愛が込められた暖かい食べ物の余韻が、妙な幸福感に押し寄せてくることを感じる。
カモメ食堂のメニューのうち、贅沢へのおにぎりには、それなりの事情があった。 幼い頃、家事を引き受けなければならなかった幸江に、父は遠足と運動会の時だけは、他の人が作ってくれたお弁当を食べなければならないと、年に2回、その日だけは、自分でおにぎりを包んでくれた。 自分が父親から受けたあの時の慰労と愛が、まさにカモメ食堂全般に流れた愛だ。
映画「カモメ食堂」の穏かなリズムは、毎日繰り返される日常に隠された生活の本質と愛を演奏する。 生命が頼っている最も原初的な要素の一つである食べ物、そしてその食べ物を媒介に人間と人間の間に伝わる暖かいエネルギーは、肉体と精神の両分になる。 人は誰でも不安と寂しさから抜け出して幸せになることを願う。 しかし、幸せとは別のものではなく、肯定的な思考で他人を理解し、現在の与えられた仕事に最善を尽くす日常の生活の中にあるという平凡な真理を、カモメ食堂は静かに悟らせてくれる。
