天尊や地尊より人尊の方が大きいため,今は仁尊の時代だ。 心をこまめにしろ。 (ギョボプ2枚56節)

天尊時代には神明が空に封じ込められたため,人々が吉祥の家を訪ね,地尊時代には神明が地に封じ込められたため,名山と名堂を訪れた。 人尊時代には神明が人に封じ込められるため,今では神明が吉祥の地の人を訪れる。 そのため,人は心をこまめに,徳を涵養し,人格の完成を果たさなければならない。

現在の化粧文化は,土地が明堂の地尊時代が消えつつあることを示している。 最近、韓国国民10人のうち8人が化粧を好むことが分かった。 化粧が新しい葬儀文化として定着している。 2014年保健福祉部が発表した化粧の統計によると、火葬率は76.9%と集計された。 これからは80%が越えるだろうと予想した。

地尊時代には先祖の遺骨を明堂に埋葬すると子孫たちは福を受けると考えた。 それは人の死をと 魂 魄の解体と見たからだ。 魂は天に登り,魂は地に落ちる。 ここで問題になる部分はまさに"魄"だ。 地に下りた 魄は亡者の骨についていると思った それで遺骨を大事に扱い,この遺骨を明堂に埋葬すれば,子孫たちは福を受けると考えた。

しかし現在は人が居住する土地も不足しているだけでなく,国土が開発されて明堂を訪れることも難しいが,管理が難しい。 そのため,売場よりも火葬の方が安全で便利だと人々は思っている。 自然の環境と人の認識が変化することは人類が他の原理で生きていくことを意味する。 先天は明堂に祖先の遺骨を祀って子孫が恵まれた。 しかし後天は,上帝に"人が吉祥の地"と仰ったように,吉祥の地である人をよくもてなし,貴重だと考えてこそ,自分と祖先が福を受ける時代に変わるのだ。 もはや,明堂は土地ではなく,人が名堂である 人尊時代にさしかかっている。

上帝さまが明らかにした後天世界は究極的に人間の尊嚴性を現わす 人尊時代を意味する。 "天尊や地尊より人尊の方が大きいため,今では 人尊時代"とあるように上帝さまに人間を天や地よりも高める工事を見た。 これを"人尊公司"と言うが,昔は,人間たちが自分たちの成事を天の神明に訴えて任せたが,今では天の神明たちが事を計画し,聖事は人間が成し遂げる工事だ。

上帝さまの人尊公使として,人間は他人を神のように貴重で尊厳の存在と評価する。 そうした評価によって他人の人格,割,自律などを自覚するようになり他人を尊重する相生の道理として均等な社会の建設が可能になるのである。 言い換えれば,人間が警衛が正しいとすれば,すべてに対して道理が合致するため,人間の無念さが積もらない。 したがって,上帝の仁尊公使を私たちが目指す未来社会,すなわち人類が無私で正直と真実で互いに理解しあい,互いが共助の道徳心が発現する社会に導く基盤であると考えられる。

大巡思想的観点からは上帝さまが降世な時期を基点に,先天時代と後天時代に区分したり,今はその過渡期に該当すると考えられる。 後天時代は先天時代とは違う原理によって人類が生きていく時代だ。 今は新しい時代の"人尊時代"である。 なぜなら上帝さまの人世に降世よって天地公司により仁尊時代に合った真理を宣布され,道主さまは上帝さまの大巡なる真理に感慨し,その真理に合った道義法を定め,最後に都典さまはその法をすべての人類が実践できるように開けてみせたからだ。 したがって,今では仁尊の法則によって治められる人尊時代といえる。

都典さまは今では昔より人尊時代がたくさんなったとおっしゃった。 この言葉は現在が,地尊時代から人尊時代へと移る過渡期だと理解することができる。 人尊という言葉は,この世でもっとも尊いものであるのは天でもなく,地でもなく人間だという意味である。 こうしたもっとも尊貴な人間が先天には人間以下の待遇を受けており,現代社会でも両極化による経済的差別の違いにより弱者の人権は容易に蹂躙されている。 強者が支配する社会で弱者は服従しなければならないのが現実だ。 都典さまも今世の中で平和,人権を主張するが,私たちの真理ではないから平和,人権はありえず,真の人権と人間尊重は大巡眞理だけで実現可能だと言った。 だからこそ,挑戦の方は"私たちの大巡眞理の人尊思想がまさに平和思想だ"と仰ったのである。