統合失調症との共同生活 -21ページ目

以前から何度も何度も夢に出てきた佳代子という名前の女性にとうとう会った。

香代という少女に何度も根気良く目が覚めて家からやり直しになっても佳代子さんのいるところまで連れて行ってもらった。

佳代子さんは40歳の女性だった。

 

車で向かう途中何度も柵にぶつかりながらようやくたどり着いた。

佳代子さんはなぜ訪ねてきたのかと私に聞いた。

夢で何度も佳代子という名前を聞いたのでと言うと私が運命の人だとでも思った?

それとも40の私にあなたのことをどう思うかを知りたいの?と聞かれ、

あなたのことは許せない。と言われた。

 

なぜ許せないかを聞くと、私のしてきた行いが書かれた紙を取り出した。

そして私はその上の一文だけを読み、私をなぜ許せないかを認識した。

 

私は確かに少年時代虐待を受け、貧しい暮らしを送り、友達も少なく、悲惨な時代を送ったが、

中学に上がってからは大切な友人も彼女もでき学校に居場所があった。

 

その居場所を手放したのは不良の世界の方がカッコいいし自分の少年期を考えたら馴染むと思ったからだ。

 

ドラッグに手を出したのも、快感、快楽があったからだ。

 

過去に虐待した犬も出てきた。

私を許す気はないようだった。

 

香代は私を責めなかったが、佳代子さんは私にもう何も言ってくれなかった。

 

 

と言う世界も体験した。

存在する景色が混沌としており、人っ子一人おらず自分の存在だけがあり、これが無なのかと。

私の望んでいた死後の無の世界とは全く違った生涯後悔しそうなほど何もない、誰もいない世界だった。

 

私の今後もあの紙に記録されていくだろう。

紙にはそんなことまで?というのも書かれていた。

朝立ちしたことまで書かれていた。

そしてどうしたかまで。

 

今のあなたの薬の副作用は軽い方じゃない。と言われた。

まだ働きなさい、できることをやりなさい。ということだと私は思った。

 

そこで現実、現世に戻って今忘れないうちにメモ書きしているのだが、

夢の中の世界の自分と現実世界の自分は別人なのである。

 

記憶は同じ記憶を持っているのだが行動も振る舞いも別人だ。

あの人格こそ入院中に起きた憑依と似た人格だった。

 

私はあんな無の世界へ落ちるくらいだったら人や子供がいる方がいいと思った。

ただ、現実では人はうざくて欲望ばかりで嫌になる。

 

佳代子さんからあなたのことは許せないと言われた以上、死後私は今日見た人が大勢いる世界へ行ける可能性は低いのだと思う。

あの地獄のような無に落ちたら、一体どれほどの体感時間耐えればいいのか。

 

そしてまた生まれやり直すチャンスをもらえるのか。

人は死ねば天国というのは甘い考えだし、無も地獄に近い場所なのだと思った。

 

長い間夢を見ていたがまだまだこんな時間である。

現実で私がやらなければいけないことはあのみんながいた世界にいけるよう許してもらえる生活を送ることである。

 

私の家族、母、実父、義父、姉は一度も夢に出てきたことはないので今世で縁が切れるのだと思う。

ただ、虐待した犬は私が首吊りをして短時間意識が飛んだ時にも出てきた。

 

私は少年時代の大人からの横暴、傲慢、暴力を言い訳にどこまでも自分勝手、自分本位な生き方をしてきた。

許せない。と言われるのも当然だ。

 

まだ死ねないということはこれからを改める必要があるのだろう。

でも、私は現世にいる人達とは関わりたくない。

だから今後も一人でいるつもりだが罪は重ねないようにするつもりだ。

 

償いをしろとまでは言われなかったが、まだ私は生きてやらなければいけないようだ。

早く夢の世界へ行きたいが、無はごめんだ。

 

今日はもう眠れそうにないのでまたここから長い長い時間が始まる。

この耐え難い時間に耐えることが罪滅ぼしというか刑罰なのかもしれない。

そして死んだとき、欲望のなくて無邪気で親切な子供のいる世界へ行きたいと思う。

今日は久々に一滴も酒を飲まなかった。

友人が酒を飲みながら女や飯や説教などの色んな話をしてきて、

美味い飯に飢え、女に飢えてそのために働いて愚痴をこぼしながら酒を飲む姿に醜さを覚えたからである。

 

とりあえず今日はコーヒーとタバコで過ごした。

明日も飲む気はない。

酒と女と美味い食事に飢え、貪る人の姿は私から飲酒欲求を奪った。

こうはならないようにしようと。

 

あれだけ続いていた連続飲酒も止まり、飲酒欲求もわかなかった。

あんな醜い人間から朝から酒を飲むなんてクズで腐っちゃってるねと言われたらさすがに私も飲む気が失せる。

 

私は醜い欲望に飢えた人が嫌いである。

眠い時に目が覚めるまで眠って、腹が減ったらただ食欲を満たして、それだけで十分に幸せなことである。

 

あとは一人、平穏無事を祈って過ごすだけ。

日中どうしても手持ち無沙汰になるがコーヒーを時間をかけてちびちびと飲みながらタバコを吸うだけでいいかと思った。

 

入院中に知り合った友人なのであそこまで女に飢えて美味い食事に飢えて説教ばかりしてくる人間とは思っていなかった。

おっぱいデカかった〇〇って看護師が良かったなど50歳のする会話ではない。

 

また一つ、他人に対する興味がなくなった。

こうしてどんどん一人が快適になっていくのだろう。

久々に友人の家に遊びに行った。

友人と言っても50近い年上の人だ。

 

その人は女が大好きである。

今の私の現状を聞いて、見て、まずは外に出て良い女を見てムラムラして性欲を出した方がいいなどと言ってきた。

その人はもうすぐ50になるというのに性欲すら捨てられていない。

 

私のとりあえずの目標は性欲を出して良い姉ちゃんとやることだなどと言われ、この人はなんてくだらない人なんだろうと思った。

その人も訪問看護を受けているのだが私がめんどくさいですよねと言うと自分は姉ちゃんと話せて楽しいなどと言っていた。

 

何を楽しみに生きるかは自由だがどれだけ歳をとっても異性に執着している人間は気持ちが悪い。

自分の母親がそうだからそう思うのかもしれない。

 

とりあえず、この人はもういいやと思った。

もう遊ぶこともないだろう。