私は人がはっきり言って怖い。
何してくるか分からないからだ。
少しでも弱い部分、隙を見せたらとって食われるんじゃないかと考えている。
社会人だった頃から弱い人間を追い詰めるタイプの人を多く見てきた。
私はそれを見て助けることもできなかった。
結局、自分の身は自分で守るしかない。
今の私の自分の守り方は人間社会との接点を絶つことだ。
そうしていれば一人平和に安息に生きることができる。
皆当然のように平和だと思っているが人間は本当に何をするか分からない危険な生き物である。
可能ならば誰とも会いたくないし人を避けて生きていきたい。
私は生意気だという理由だけで職場の人間からリンチされかけたことがある。
そのためにタクシーに乗って交番まで逃げて、引っ越しまでした。
下手したらタコ殴りにされたあげく埋められていたかもしれないと思うと人が怖くて仕方がない。
殺される前に自ら死ななくてはという感情があるのだが、自殺したらもっと苦しい来世が待っていてドツボにハマるかもしれない。
でも現世も苦しい。
そこで、諦めて生きろとお釈迦様は説いたのかなと思っている。
解脱すれば輪廻から抜けられると書かれているがそんなことできそうもない。
だから私はもう諦めて苦しんで生きることにした。
来世ではもっとマシな親元、環境に生まれて、子供に見せてあげたいと思えるような世界に生まれることを祈る。
現世は苦しみの連続で生まれてくる子供が気の毒で仕方がない。
老い、病、死、痛み、不自由などの苦しみからは逃れられない。
それが分かっていながらなぜ子を生めるのか私には理解不能だが生物は子孫を残したがる。
Sexに快感さえ伴わず、苦しみであれば本当に生むべき人だけが子を生む社会になっていたのになあと思う。
神様は生物が絶滅したら暇で見るものもなくなるからこのような仕組み、本能が加えられているのかななんて思う。
それでとっくに生物の営みに飽きているから助けてもくれないのかなとも思う。
聖書の時代はとっくに終わり、神は人を助けることをやめたのだと思う。
この世には救いがなく、来世を求めて自殺する訳にもいかず、これから先長い寿命までの人生を病気と老いに苦しみながら生きなければならない。
絶望的な話だが生まれてしまった以上仕方がない。
別の精子が受精してくれていれば今の私は存在せず、苦しむこともなかったのだろうかと思う。
一切の意識も認識も形も存在しない無になれる方法はあるのだろうか。
最近デジャヴをよく感じる。
無限に自分を繰り返しているのだろうかと思う。
前世の記憶がなぜないのか、本当に来世はあるのか、と思うが来世がないなら人生やったもん勝ちの無法地帯になりそうだし死後行くべき場所に行くんだろうなと思っている。
そこが地獄でないことを祈る。