統合失調症との共同生活 -17ページ目

皆が当然のように傍受している平和が私の人生ではある時を境にない。

両親が離婚して母が私に暴力を振るい始めてからだ。

 

私は中学に上がり母が再婚するまで暴力を浴び続けた。

結果、暴力は振るう側にならなければいけないのだと学んだ。

 

私は暴力的に強い方、強い方の人間と関わっていくようになった。

結果的にその途中でドラッグと出会い、統合失調症になって精神障碍者となり生きていくことになった。

 

暴力的だった仲間との縁も切れ、平和に行くことになるのかと思ったら今度はまた昔のように暴力を振るう側ではなく振るわれる側に戻ってしまったという恐怖感がやってきた。

 

自分は二極化してしまいやすい思考を持っている。

この世は暴力を振るう側か、振るわれる側。殺す側か、殺される側しかないと考えてしまう。

私はまぎれもなく弱者の側である。

 

このような思考を持っていると他者が怖くて仕方なくなる。

だから私はインターホンにも出られないし、知らない番号からの電話にも出ることができない。

 

そんな私を他者は救うことができない。

絶対の身の安全を確保した人生を保証することなどできないからである。

 

一言で言えば私は度を超した臆病者なのである。

もちろん、そんな風になってしまった原因はある。

色んな原因を乗り越えていって、現実に真に平和が約束された場所など無いのだと学んだ。

 

私の思考を支配しているのは、いつ暴力に出くわすか、その時にどうすればいいのかだ。

暴力にはそれよりも強い暴力でしか抗えない。なので私は無力である。

 

暴力とは程遠い、平和でのほほんとした世界を生きたかった。

私にはトラウマがある。

トラウマといっても過去に受けた虐待や失敗体験などではなく、職場の同僚とその知人からリンチされかけたというものだ。

 

あれはひどい体験だった。

別の職場の同僚から私をリンチしようとしているという話を聞き、その当日に私は帰る場所を失い、野宿を強いられた。

結果的にリンチされることから逃げることはできたのだが、あのまま家に張り込んでいた連中に見つかっていたら撲殺され、屈辱を味合わされて埋められていたかもしれないと思うとおぞましくなる。

 

逃げている最中に、完全に治ったと思っていた統合失調症の陽性症状が出てきてしまい、見知らぬ人が私を監視していると考えたり、強面の人を見るとこの人が私を殺す実行犯だなどと考えるようになった。

 

その状態は入院して薬が効くまでの2週間程続くことになったのだが、その2週間はまさに地獄だった。

常に殺されるという恐怖との隣り合わせの状態が2週間も続いたのだ。

私は恐怖から、殺されるというリアルから逃げている間に言葉を失い、人のいない場所へとただひたすらに逃げ続け、道路に倒れこんだ。

リンチされていたぶられて殺されるか、自らスパッと死ぬかの二択まできていた。

 

それでも私は死ぬ選択肢をとれず、残酷な運命を呪っていた。

その後救急車とパトカーが来て、実家へと帰り入院することになったのだが、入院中もいつ殺されるか分からないという恐怖で睡眠もまともにとれなかった。

看護師に隔離へ入れてくれと懇願したが入れてもらえず、自らタオルで首を絞めて隔離へ移った。

 

リンチされかけたという現実と、その他無関係の人までグルであると結び付けてしまう妄想の世界で私は地獄を味わった。

この体験のせいで、私は未だに人が怖い。

私がリンチされかけた理由はただ「生意気だった」から。それだけである。

 

色んな種類の人間がいるが私はどういうことか野蛮な人間との縁が強い。

だから今いる実家のインターホンが鳴るだけで恐怖に囚われるのである。

 

毎回居留守を使っているのだが、こないだインターホンを3回も鳴らされたあげくドアをゴンゴンとノックされた。

敵意か悪意を感じた。

私にはやられる前にやれるだけの力はない。

暴力の前にはただ己を捨てて屈服するのみである。

 

だから、生きることが怖くなってきた。

いつか訪れるかもしれない暴力による殺しが来る前に、自ら一思いに死ぬべきではないかと考えている。

こう言葉にして書いてみると本当に殺されそうな気がしてくる。

 

殺される程のことはしてないはずなのだが、この世には「生意気」というだけでリンチしようと考える人間が存在しているのである。

私は怖くてたまらない。

だから自ら殺される前に死ななくては。という状態だ。

 

過去にあった一度の悪い経験が脳髄にまで染み込み、またいつ訪れるかと怯えてしまう。

これをトラウマとよんでいる。

 

このトラウマの件に関しては入院中に相談したのだが対処療法しかなかった。

実家に一人休んでいても、インターホンが鳴る度にこのトラウマが思い出させられるのである。

精神的に大分辛いものがある。

そして、次はいつ鳴るものかと身構え、心が休まらない。

 

だからもう死んだ方が楽だなと思っている。

常に心が緊張している。

安息の地へ行きたい。

病気になって再発してからひどい方向音痴になった。

目的地まで辿り着けないどころか見知らぬ土地へ行くと帰り道が分からなくなる。

認知症に近いのではないかと不安を感じている。

 

例えばショッピングモールへ入り、入った入口とは違う出口から出るともう迷子になってしまうし、来た道をただ帰るということも景色などが逆転してしまい体内のコンパスも壊れてしまっているため一人では帰れなくなる。

 

昔は地図無しでバイクに乗って目的地まで辿り着く能力があったのに無くなったどころか道まで覚えられなくなった。

これは日常生活を送る上でかなりの障害となる。

それを相談すると、散歩などに行って練習すれば土地勘が戻ってくるよなどと言われる。

行ったら帰ってこれない程重症だと言っているのにである。

 

統合失調症の認知機能障害は甘く見られている。

以前なら何事もなく平然とできていたことが現実にできなくなってしまい、リハビリとかの問題ではないのである。

 

小学生の頃ですらできていたプラモデル作りを、その時作っていた物より簡単なプラモデルであるにも関わらず作れなかった。

確実に色んな能力が落ちている。

 

端的に言ってショックである。

昔はできていたのになぜ?となる。

それも健常者からすればなんともなくできることがだ。

 

コンビニのコピー機でコピーをとるくらい初めてでもできたはずなのに今は人に聞いても分からない。

理解不能なのである。

 

今はバイクに乗れないがセルフでの給油もできないだろう。

やり方が分からない。

 

再発を繰り返すとどんどんと予後不良になっていくというのは本当なのだなあと感じガッカリしている。

こんな状態で一人で生きていけるのか不安になるし、私は人を頼れない。

将来が不安だ。

 

怒りと哀しみはあれど喜びと楽しさは無い。

でも感情がなくなったわけではないのでこれは何か見つかれば復活しそうな気もしている。

 

問題は認知機能が格段に落ちたことと、人と笑いを共有できなくなったことだ。

作業ができない目的地まで行けない人と上手く関われないの三重苦。

 

これは同じ統合失調症患者の中でも重ための症状なのではないかと思う。

四回も再発しているだけある。

 

できていたことができなくなる苦痛は辛い。

でも歳をとるってそういうことだしそれが病気のせいで早い段階で来たと思っている。

 

問題はそんな状態にあっても死ぬまでは生きなければいけない、それも衣食住を確保した上でということだ。

ホームレスになって野垂れ死にだけはしたくない。

四日間野宿した時は夏場で雨も降らなかったから良かったがあれが冬場だったらと思うとゾッとする。

 

寿命までまだまだ長い。

それを考えると憂鬱で死にたくなってくるので目先の一日をただ過ごすようにしている。

そうしている間に老い、更にできないことが増えて生活はどんどん苦しくなっていくだろう。

 

だから死ぬなら今のうちだと思ってしまう。

老いと病さえなければと考えてしまうがどうにもならない。

 

この世はどこまで行っても厳しいなあ。