今日は久々に夜更かししようと思っている。
眠気もないし寝る理由も特に無いし、深夜の静寂に包まれていたいからだ。
この深夜に訪問者がもしも来たら私は恐怖で縮み上がるだろう。
でも、訪問者は日中か夜にしかこない。
だから深夜は心がホッと休まる時間なのだ。
夜更かししてやることもないというか生きていてやることがもはやネットくらいしかないのが苦痛ではあるが現状仕方がないと思っている。
私に小説の一冊でも書くことができたならと思うが、ノンフィクションしか書けそうもないし私の人生は楽しいものではない。
人には知られたくないことばかりをしてきた。
それに、自伝風の短編をブログに乗せてみたがいいねもろくに付かなかった。
評価されづらい文章しか書けないということだろう。
歌が上手ければ歌手を目指しただろうし、演技が上手ければ俳優、ダンスが上手ければダンサー、文才と想像力があれば小説家など、夢を追いかけられただろう。
最初から上手い人もいれば努力で勝ち取る人もいるわけだが、私はもう何年もブログを書いているのに一向に面白い文章が書けない。
でも、自ら発信できそうなものがブログくらいしかない。
人を楽しませる文章も書けず、役立つものも書けず、日々の苦悩を吐き出すだけの私のブログ。
読んでくださっている方に申し訳なくも思う。
それでも、いいねを押してくれる僅かな人の心遣いで続けられている。
私は母さえ、母さえまともで正気を保って育児をしてくれていたらと過去を振り返ると何度も思う。
人のせいにすることになるが私は健常に育ち、今とは全く違った未来を描けていただろうと考えてしまう。
スピリチュアルでは子が親を選び生まれてくるのだと言うが、世の中にいる虐待死すると分かっていて生まれてくるなんて相当な覚悟が必要だ。
仏教では業という言葉がある。
その人自身が前世から背負い、現世での行いの因果から今があるのだという。
私はとんでもないところに生まれた。
これも、前世での悪行からの業が生んだ結果なのだと仏教は言う。
でも言ってしまえば親がSEXさえしなければ私は生まれてこなくて済んだはずでは?
欲望に負けた親が悪いのでは?と現世だけを考えるとこうなる。
それに前世での記憶さえあれば、同じ過ちを踏まず、正しく生きることもできたのではないかと思う。
来世があるとして、また記憶を消されてやり直しになり親も環境も同じだったら同じ過ちを繰り返す。
この一端がデジャヴのようなものなのかなと思っている。
人は永久に自分に生まれ、永久に自分を繰り返すなんて漫画をタイトルは忘れたが読んだことがある。
だとしたら、不幸ではあるが魔女狩りの時代のような拷問を受けて死ぬ人生よりはマシだ。
目には目を歯には歯をでやったことが完全に自分に返ってくる世界になれば、平和になるんじゃないかと思う。
今はバレずに捕まりさえしなければやったもん勝ちという感じがする。
だから犯罪はなくならないのだろう。
人には神という飼い主が必要なのだと思う。
飼い主がなんの躾もしないから、虐待やら殺人やらいじめやらレイプやら色んな犯罪が起こる。
でも願ったところで神は救いの手を差し伸べてくれることはない。
死後救ってくれるのか、もしくは存在しないからだ。
仏教では来世を良くするために善行を積み、仏法を聞きなさいと教える。
私にとっては現世をこそ、救って欲しいのだ。
私は現世で人助けはできない。役立たずの甲斐性なしだからだ。
ボランティアなどにも興味がない。賃金が出ると言われようが、やらないだろう。
他人を助けることが、自分を助けることになるなどと説かれるが、今一ピンと来ない。
他人から助けられたという経験に乏しいからかもしれない。
今は精神障碍者として医療を受けているが、助けられているという感覚は無い。
生活を管理されて社会で暮らせるかどうか監視されているようにしか感じない。
自由がないのだ。
かつてあった奴隷社会程ではないが、他人から生活を管理、監視され少しでも不適合があれば再入院させられ
自殺もできず毎日何もない牢獄に放り込まれる。
そこで寿命を迎える人も現実に存在している。人生とは無情なものだ。
家庭持ちで入院している人も多くいた。
よくぞ子供を生んだものだなと思う。子供を生んだらどうなるか想像もできないレベルの人だったんだろうなと。
独身者、もしくは既婚者で子供を生んだら可哀そうなどという人は現実がよく見えていると思う。
若くて病もなくて人生が楽しい内は子が欲しくなってしまう。
それは仕方のないことだが、ある程度歳をとったら気づくべきだと思う。
うちの母親は孫の顔が見たいなど言わないどころか、私が若かった頃にできた子供をおろすように言ってきた。
子供を生んだことを後悔しているのだろう。
私もこの親元に生まれたことを憎んでいる。
母は、姉が生まれたときに可愛いともなんとも思わなかったと言った。
それなのに、二人目の私を生んだ。性欲に負けたのである。
気持ちが悪くて仕方がない。性欲などのために生まれさせられて何十年も苦しんで生きなければならない。
だから私は性欲の強い人間を気持ち悪く思う。
ただ、私にも性欲はある。でもSEXして子孫を残そうとするほどではない。
毒のある文章になってしまったが、私を渦巻いているのは不平不満なのである。
私は何度も何度もお前なんて生まなければ良かったと言われ、生めなんて頼んでいないと言ったら何度も殴られた。
はっきり言うが生まれたくなんて本当になかった。
だから私に子を生む気は無い。
例え愛する人にもし出会ったとしても生まない。
こんな所に生まれる子供が可哀そうで仕方がないからだ。