「・・・カナさんが、好きだよ」
一瞬、たじろいて後ずさろうとした私を、コウヘイくんの手が逃してくれなくて。
「カナさんがオレをただの客としか見てなくても、オレはカナさんが好き。信じてくれないなら、何度でも言うよ。何度だって、好きって言う」
いつもひとなつっこく笑う瞳が、まっすぐに私に向かってくる。
いきなりこんなの、ずるい。
答えを聞くまで離さないって、捕まれた手のぬくもりが。
意志を持った眼差しから伝わってくるから。
思わず、視線を足元に落としてしまう。
「カナさんが、自信満々のパンを焼きあげた時の笑った顔が好き。ちょっとだけ仕上がりが納得できないって、その違いはオレには判らないけど、そんな時に見せる悔しそうな顔も好き。お店でお客さんと話している時のクルクル変わる瞳の色も好き」
そんなに細かく見られていたんだと思うとなんだか恥ずかしくて。
じわじわと頬があったかくなっていくのが止められなくて。
「それに、オレが美味しいって言った時に見せてくれる笑顔が、たまらなく好き」
「・・・そんな、本人目の前にして『美味しくない』って、言わないよ、ね?」
素直になれなくて、ついこぼれてしまうマイナスな感情。
そう。
良くないって思っても、自信が無くて。
嬉しいのに、言葉通りに受け取れない自分が嫌で。
うつむいたまま可愛くない言葉を吐く私に、すっときれいな指が延びてきて。
目を細めた私の頬を、遠慮がちに捉えて。
「お世辞を言いに通うほど、オレ優しくないよ。もっと自分を信じなよ。でも、そんな自信がないカナさんも、かわいいから好き」
おまえに何ができるの。
うまくいくかも判らないのに、なにやってるの。
それ、本気だったの?
夢を語るたびに摘み取られてきた。
降り注ぐマイナスの言葉から自分を守ることが、精一杯の抵抗だった。
どんなに想いを伝えても、伝わらなくて。
自分らしく生きることを、誰も認めてくれなかった。
きっと私はダメな子だから。
ダメな子だって気づかれないように、頑丈な鎧に心をくるんで。
それでも諦めきれずに踏み出した一歩。
それがこの場所だった。
「どんなカナさんも、そのまま全部好き。でも特に、負けてらんねぇって思わせてくれるくらい、一生懸命なカナさんが、大好き」
とろり。
ふわふわの生地を割るとすべりおちてくる。
コウヘイくんの言葉が、私の心に甘く広がる。
まるでフォンダンショコラのチョコみたいに。
「・・・もぉダメ・・・」
とろけるように身体の力が抜けて、立っていられなくなって。
慌てて引き揚げようとしたコウヘイくんをすり抜けて、その場にしゃがみこんでしまう。
年下の、かわいいお客様な顔で足を運んでいてくれてたくせに、いきなりこんな直球勝負をしかけてくるなんて反則だ。
「コウヘイくん、ずるいよ。そんなに好きって言われたら、なんかそうなんだって勘違いしちゃう」
「・・・まだ信じないの?」
「だって、そのままでいいなんて。誰も言ってくれなかったんだもん。今まで、誰も・・・」
はぁって。
視線を合わせようとしない私の頭に深いため息が下りてきて。
椅子から降りる、衣擦れの音。
私の目の前に、深くしゃがみこんだスーツの膝が現れて。
両手で、頬をつかまれて顔を持ち上げられる。
「誰も言ってくれないからって、みんなが同じ気持ちかったらそうじゃないでしょ。もっと信じて」
「・・・はい」
気づいたら、答えていた。
そうしたら、いつものくしゃりと笑う笑顔を見せて。
「よくできました」
すっかり子ども扱いをするように、頭を撫でてくるから。
どっちが年上なのか判らなくなって。
「ほんとに、美味しいんだよ。カナさんが作る料理」
「・・・ありがとう」
「・・・それで。明日はどう頑張っても顔を出せそうにないんだけど。鬼上司と外回りでさ。どうしたらいい?」
どうしてそんなに明日が気になるのか。
考えて、たどり着く。
明日は、バレンタインデー。
コウヘイくんは、私がごめんなさいって言うなんて少しも疑ってない口ぶりで。
その自信満々な表情に思わずふっと肩の力が抜ける。
「明日。お店で待ってる」
「・・・日付かわっちゃうかも」
「来てくれるなら、待つよ」
「待っててくれるの?」
頷くと。
ワイシャツの腕が伸びてきて。
ふわりとその中に包まれる。
まるでカチリと歯車が合うような感覚に、目じりがじわっと熱くなって。
ずっと前から、くっついているのが当たり前のような錯覚を覚えて。
首筋に顔をうずめたコウヘイくんが、くすくす笑いながら幸せそうにつぶやく。
「カナさん、パンの匂いがする。いい匂い・・・」
~~~エピローグに続く。~~~