分割した生地を、左手で押さえて右手をスライドさせて棒状に伸ばしてゆく。
両端はとがらせるように細くしながら、中心部分は均一になるように。
バジルと粉状のエダムチーズを練りこんだものと、チョコクランチとアーモンドダイスを混ぜたもの。
アーモンドの方は丁寧に伸ばさないと生地が破れちゃうから。
そっとそぉっと手のひらをスライドさせる。
「いつ見てもシッポみたいですよね?」
エリがおかしそうに笑って覗き込むから。
ついつられて笑い返す。
「しっぽパンって名前にして売っちゃおうか?」
「ハートの方が売れますって」
くすくす笑いながら、スケッパーで勢いよく生地に切り込みを入れてゆく。
片方だけクルンと反転させる。
形を整えて天板に並べて。
ハートの形をしたリングパンは14日までの限定品。
細く切ったオレンジ色のチェダーチーズを、ハートの片方のカーブに合わせてのせる。
「やっぱかわいい」
満足そうに笑って、来客を知らせるドアベルの鈴の音を合図にお店に出てゆく。
「わぁいらっしゃい!今日もひとりでおつかいに来たの?えらいねぇ」
エリの声がワントーンあがってる。
並べたハートを窯に入れて、タイマーをかけて。
ひょいとお店を覗くと案の定・・・。
「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
慣れた手つきでトングを握りしめているのは、近くに住む小さな男の子。
ベリーショートの黒髪に、勝気な光をうすく瞳に浮かべながら、まるで天使のような笑顔を見せてうなずくから。
エリがたまらんって顔をして目じりを下げる。
「今日は食パンは?」
「もこもこのおやまパンを下さいって」
「山型ブレッドね、かしこまりました」
棚の上段に並んだ食パンをひとつ選んで、エリがスライスの準備をする。
クマの顔のクリームパンと、パンダの顔のチョコパンをひとつずつ。
ベーコンエピとコーヒーロールを乗せたトレイをカウンターの前で受け取って。
「くまさん、好き?」
スライスした食パンを袋詰めしながら、エリが話しかける。
「・・・くまさんは、シュウが、な」
窓辺につるしたサンキャッチャーの光の粒に気を取られていたのか、後ろを向いたまま大人びた口調で答える姿に、エリが目を見開く。
「え・・・」
「・・・ボクもすきだよ?」
ハッとして、慌てて振り返ってニコリと笑う。
「ボクは、ぱんださんのほうがすき」
キラキラと瞳を輝かせてエリを見つめて。
そのやりとりがおかしくて、笑いをこらえるのに必死で。
「エリ、窯の様子見てきてもらってもいい?」
「はーい」
厨房に入ったエリを確認してから、お会計を済ませて袋詰めしたパンをカウンターの前に回って、しゃがんで手渡す。
「ハートのパンは、今日は夕方までありそうか?」
「バレンタインまでの限定品ですから、夕方に合わせてもう一度焼き上げますよ」
「自慢のフォンダンショコラもふたつキープしておくといい」
「はい、かしこまりました」
「少しだけ、閉店時間が延びるだろうが大目に見てやれよ」
片方の口角だけをあげて笑う。
「いつもごひいきに」
「ま、ただのおせっかいだ。わしはシュウ以外興味がないからな」
「はい」
「カナさん、焼きあがりますよぉ!」
「ありがとう、行きます」
エリの声を合図に立ち上がって、にっこり笑って小さなお客様を見送る。
慌ただしく厨房から出てきたエリが、帰ろうとする彼に向かって手を振る。
「あ、帰っちゃう!また来てね、ルキ」
エリの声を背中に聞きながら、焼き上がりを知らせるタイマーを止めて窯を開ける。
ほのかに甘くて香ばしい匂いを胸いっぱいに吸い込んで。
次の作業に移る。
もうすぐ、ランチタイムが始まる。
~~~続く。~~~